歩道橋や公園、道路の脇など、街の至るところに、黒髪で南国風の顔立ちをした女性たちが、段ボールを敷いてたむろしているからだ。
私も初めて見た時は一体何ごとかと驚いた。彼女たちはフィリピン人のお手伝いさん。雇い主の家に住み込みで働いている彼女たちは、香港に自分の家がない。そのため、唯一のお休みである日曜日に、同郷の友人や親戚と集まって過ごすのだ。
かなりの数のフィリピン人が集まるということで、両替商やフィリピンへの仕送り用の宅配業者など、彼女たちをターゲットにした商売も大繁盛。街はさながら、週に一度のフィリピン街と化す。
香港では、子どもを持つ女性もフルタイムで働くことが一般的だ。妊娠しても出産ギリギリまで働き、産後もすぐに復帰する。それを可能にしているのが、住み込みのお手伝いさんの存在だ。政府が定めている彼女たちの最低賃金は、月に5万円程度(2013年5月現在)。共働きの家庭であれば、払うのが難しい額ではないだろう。
掃除洗濯はもちろん、子どもの世話から幼稚園や小学校への送り迎え、はたまた買い物から食事作りまでこなす彼女たちは、フルタイムで仕事をする母親たちの強い味方である。実際、彼女たちの働きぶりを目にすると「彼女たちがいなかったら、共働き家庭は回らないだろうな」と感心してしまう。彼女たちは「アマさん」(中国語では「阿媽」)と呼ばれ、素足にサンダル、ひとつに結んだ長い髪がトレードマーク。
アマさんがベビーカーを押し、高いヒール靴をはいた母親が涼しい顔で隣を歩いているのは、ここ香港では珍しい光景ではない。家族で外食に行くレストランでも、小さい子どもに食事を食べさせるのはアマさんの仕事だ。
日本にもアマさんがいたら、日本の働く母親たちはどんなに助かるだろうと思う。ともかく香港の景気を支えている一因が、子どもを産んでもフルタイムでガンガン働き続ける女性だとすれば、アマさんたちはまさに縁の下の力持ちなのだ。
彼女たちの貢献度を考えれば、もちろん週に一度のお休みぐらい彼女たちにも思い切り楽しむ権利がある。家はないし、お店に入るとお金がかかるので、野外で一日過ごすのだろう。
超一流ブランドの前だろうと、香港を代表するような大企業の建物の下だろうと、おかまいなしに座り込んでトランプをしている様子に「日本だったらありえない!」と最初は驚いたが、そういう事情を踏まえて、政府も企業も「まあ、しょうがないか…」と黙認しているに違いない。
もちろん、勤勉で性格のいいアマさんばかりではなく、当たり外れはあるようだ。私の友人には何度もアマさんを首にしたと話している人もいるし、まれに盗難とか子どもに対する暴力といった問題もあるようだ。
そんなこんなの香港お手伝いさん事情を頭に入れつつ、もしも香港旅行の日程が日曜日にかぶっていたら、ぜひこの珍妙な光景をあなたの目で見るためにセントラルに行ってみてはいかがだろうか。
(宇田川理絵)