ソウルの観光スポット・仁寺洞の裏手に位置する鍾路区楽園洞は、年中お年寄りで賑わっており、散歩を楽しむお年寄り、お年寄りによるフリマに群がるお年寄り、路上で昼酒を嗜むお年寄りであふれ、まさに韓国の「お年寄りの銀座」というべき様相を呈している。

そんな勢いのあるストリートをとぼとぼ歩いていたところ、とんでもないビジュアルの店に遭遇してしまった。
喫茶店と思われる看板の店先で、学生服を着た年配の男性が客寄せをしているのである!

小さな窓から店内をのぞいてみたところ、やはり同様に学生服のご年配がお盆を持って給仕している。ここは一体、コスプレ喫茶なのか、はたまた執事喫茶なのか? 「お帰りなさいませ」的なサービスはあるのか? それにしても渋すぎはしないか?

吸い込まれるように入店してみることに。店内は高齢者のお客で大半の席が埋まっており、不思議な活気に満ちあふれている。驚くべきことに店内にはDJブースすらあり、ラジオ風のトークとともにオールドポップスが流れる。

空いていた席に座ると、学ランのご年配がメニューを手にそろそろと近づいてきた(お帰りなさいませ的なものはないが、あれこれ丁寧に説明してくれる)。メニューは、コーヒーが1000ウォン(約88円)、ブリキのお弁当箱にキムチや目玉焼きなどシンプルなおかずとご飯が入った「思い出のお弁当」が3000ウォン(約264円)と、破格のお値段。


人生の大先輩に運んでもらうのを申し訳なく思いながら、注文したコーヒーを受け取る。コーヒーは昔ながらのタバン(韓国に昔からある喫茶店)スタイルで、既に砂糖とクリームが入っており甘ったるい。さらに別の店員さんが、リクエスト曲があれば書くようにとメモ用紙を渡してくれた。テーブルには曲のリストがあり、チョー・ヨンピル、パティ・キムといった国民的歌手による懐かしの歌謡曲や、「マイウェイ」「アンチェインドメロディ」「ロッキー」といった欧米のオールドポップ・映画の主題歌が並んでいる。少女時代やKARAやムキムキマンマンスなんてのはもちろんない。

年配の方に囲まれるアウェイ感と、一方で気取りのない店ならではの心地よさを感じながら、観察もそこそこに店を出た。
ここはまさに、お年寄りのお年寄りによる、お年寄りのための空間であった。

この独特な喫茶店、「チュオクトハギ(思い出をもっと)」の運営者に話を伺った。

ここを運営するのは、すぐ近くにある高齢者に特化した映画館「ハリウッドクラシック」(ハリウッド劇場、シルバー映画館とも呼ばれている)。2009年に誕生したこの映画館は、55歳以上の方が365日、2000ウォンという安価で映画を楽しめることをコンセプトとしており、『シェーン』『ドクトル・ジバゴ』『サウンド・オブ・ミュージック』『ベン・ハー』など、年配の方からの要望が多い古典映画を毎日上映している。


映画館は1スクリーンにも限らず、平日で600~800人、週末で700~1000人の観客が訪れ、満席も珍しくないほどの盛況ぶり。この数字は、約10スクリーンを保有するマルチプレックスの観客数に迫る勢いだというから凄い。
もちろん利用客から大変喜ばれており、スタッフのためにミカンやジャガイモをお土産に持ってくる方もいるそう。また映画館の運営が軌道に乗らなかった時期に、3000万ウォンという運営資金を寄付してくれたのも観客だった。

「映画館に共感してくれる観客の皆さんに、さらなる楽しみを提供しようと始めたのがこのカフェなんですよ」とキム代表。「最近はスターバックスやコーヒービーンなどのフランチャイズ店が増え、お年寄りのためのカフェがほとんどなくなりました。彼らが食事や音楽を楽しみ、友達と集まる空間を提供することが、高齢化社会において重要だと考えます」。

お店のインテリアは、30年前に明洞や鍾路で流行した音楽タバンをイメージした。
当時は専属DJがいることが、人気店の条件だったという。チュオクトハギでDJをしているのは、30年前から明洞で活動するベテランであり、テレビにも度々登場する人気DJ、チャン・ミヌクさん。かけるのはCDでなく、もちろんレコードだ。

メニューは年配の方にはお馴染みの商品を提供し、スタッフも、若き日を思い出させる60~70年代の学生服を着用している。スタッフが60~70歳台ばかりというのも特徴。サービスを受ける人も高齢者、サービスをする人も高齢者というわけだ。
なお、最も年長となる人は74歳(取材時)。調理スタッフには40代の方もいるが、8割以上のスタッフを60歳以上の方から選ぶという。

お客さんの年齢層は65歳~80歳。映画館を訪れた人を中心に、1日に100~200人が訪れるというが、これまた驚くべきことに、今年4月に実験的にオープンしたものの、まだ正式なオープンや告知はしていないのだという(7月にメニューや夏用の学生服など充実させ正式にオープン予定)。

現在のお客さんは口コミのみでここに集まっているそうだが、中には食事をして、映画を観て、食事をしてと、1日に2回食事をするへービーユーザーもいるのだとか。とてつもない人気である。
各地のご年配の方のために、2号店、3号店ができることを強く希望したい。

コスプレ喫茶と思ったお店は、ありそうでなかった、高齢者向けの楽しみを提供する空間であった。これからの高齢化社会に向けて、お年寄りによるお年寄りのための楽しみの場がもっと増えることは間違いない。
(清水2000)