夏休み映画として大注目の「劇場版トリコ 美食神の超食宝(スペシャルメニュー)」。今作で監督を務めたのが、「プリキュア」シリーズの演出を担当し、テレビ版「トリコ」のシリーズディレクターも務める座古明史。
映画の見どころや演出におけるこだわりを聞きました。


《夏休みは冒険だ! じゃあ遺跡だ!!》 

─── 座古監督にとって初の監督作品であり、「トリコ」にとっても初の単独劇場版。初もの同士の組み合わせですが、何か意識したことはありますか?
座古 いや、特にそうした意識はないですよ。テレビアニメの「トリコ」が、まず子どもが観て喜んでもらえるように、ということを意識して作っていますので、映画もそこが大前提になります。それプラス、子どもたちと一緒にお父さん・お母さんなど、なるべく幅広い層の人が観ても楽しめるものにする、というちょっと贅沢なことを考えて作っております。

─── 今回の映画の作品世界はどのようにして生まれたんでしょうか?
座古 やっぱり夏休み映画なので、どんな世界にすれば子どもたちはワクワクするだろうかっていうのは考えましたね。
その中で、「インディ・ジョーンズ」じゃないですけども、「遺跡とかがあって冒険できたらいいよね」「夏休みは冒険だ! じゃあ遺跡だ!」と。

─── 遺跡もただの遺跡じゃなく、謎の生物・ニトロと関係していたり、舞台となる島も「旧・第一ビオトーブ」という設定だったりと、原作の世界ともリンクしています。
座古 「グルメピラミッド編」で、ニトロがかつて文明を築いていたんじゃないか、というエピソードが登場します。でも、その文明に関しては原作でもまだあまり深めて描いてはいないので、「じゃあ、ニトロはもっとスゴい文明を築いていたのかもしれないよ」と。そういう考えから遺跡を登場させましたね。


《映画は「お祭り」にしたかった》

─── 原作でまだ描かれていないこと、明かされていないことを描くにあたって、原作者の島袋(光年)さんとはどのようなコミュニケーションを?
座古 基本的にはシナリオをお渡しして、どこまでがOKなのかっていうのは常に確認してもらいました。


─── でも、連載中の『ジャンプ』でつい最近、「70連釘パンチが出た!」と思ったら、「映画では“100連”が出ちゃった!」と思って。
座古 あぁ、そういうのはちょっとあるかもしれないですね。スタージュンさんが炎系の技を繰り出すということが最近の『ジャンプ』で明らかになって、「あ、ギリムとかぶっちゃったかも」とか(笑)。もしかしたら僕が無意識に影響を受けていて、偶然シンクロしたのかもしれないですね。

─── “100連釘パンチ”の場面、思わず数えちゃったんですが、本当に衝撃が100回描かれていてビックリしました。
座古 そうなんですよ! あの場面、ちゃんとキッカリ“100連”になってるんですよ。
描いてくれたアニメーターさんが僕の同期なんですけども、本当に律儀な人で、「“100連”って言うからには、ちゃんと100回描きたいよね」と。

─── “100連”全部を描いたらさすがに冗長だろう、と最初は思ったんですが……
座古 いや、全くそんなことないんですよ。“100連”でも、あれだけたっぷり尺があって、きちんと音楽も聴かせて、最後のとどめを刺すところに音楽の一番盛り上がる部分が来ると何とも言えないカタルシスがあって、割とあっという間に感じるんです。アニメーターも頑張ったかいがあったと思います。

─── 他にも原作との兼ね合いで気をつけた部分はありますか?
座古 四天王が一緒に技を繰り出すっていうのも、「四獣編」でようやく描かれたことなので、どういう形にすればそれとは違うものになるか、っていうのはよく議題に上がりましたね。

─── 四天王もただ出るだけじゃなくて個々に見せ場が描かれ、さらに言えば、IGOの主要メンバーや美食會の幹部たちも勢揃いと、もうホントにオールスターキャストだなと感じました。
それは、とにかく全員出そう!という決意で?
座古 そうですね。やっぱり映画は「お祭り」にしたかったので。「トリコ」という作品には魅力的なキャラクターがものすごくたくさんいて、「このキャラが好き!」というファンの方がたくさんいらっしゃいます。だからこそ、「あのキャラクターが出ている」「あの技もある」となれば余計に観たくなるじゃないですか。まずは「お客さんが喜んでくれるだろうから出そう!」と。そういう気持ちでした。
特に、一龍や節乃、与作、次郎ちゃんといった大御所の面々が揃って戦うという場面は原作でもまだやっていないことなので、それだけでワクワクするんじゃないかなと思ったんです。でも、それを成立させるとなるとホントに大変でしたけど(笑)。


《誰かと一緒にいるだけで美味しさが2倍、10倍、100倍》

─── 「子どもが観て喜んでもらえるように」という話が先ほどありましたが、子どもに受ける場面というと、やっぱり戦闘シーンですか? それとも食べるシーン?
座古 そこはやっぱり「トリコ」特有なものなんですけど、食べるシーンっていうのは、アクションシーンに匹敵する謎のカタルシスがあるんですよね。そして、観た後はお腹が減ってしまう。本能にダイレクトに訴えるものがある、っていうのはすごく感じますね。

─── 「トリコ」を描くにあたって、研究のために監督自身も何か美味しいものを召し上がったりはしましたか?
座古 普段からなるべく良いものを食べようとはしていますね。
それを食べながら、その味がどういうものであるかを言葉で表現する訓練をしたり。アニメの場合、その表現そのままがいいとは限らないんですが、自分が感じたことをどう言葉で表現できるかっていうのはいつも心がけていることですね。食べ物の色であるとか、食感であるとか、コースの構成であるとか、そういうのは割と気にするようにはしています。

─── 「食べる」というシーンは描くのがすごく難しいと思うのですが。
座古 おっしゃる通りで! ホントに難しいんですよ。テレビシリーズでも毎回苦労している部分ですね。

─── 食べ物のシズル感を描くのが難しい? 食べるというアクションが難しい?
座古 どっちもですね。絵としてキチッと見せるのも難しいですし、食べているアクションも、食べた後に味をどう表現するのかも全部難しい。でも、みんなで楽しげに食べている絵があるだけで美味しそうな描写になるんだな、っていうのは今回改めて感じたことですね。

─── すごくよくわかります。
座古 一人でご飯を食べていると、たまに淋しくて「なんで俺はこんなところに一人で?」とか余計なこと考えちゃうじゃないですか(笑)。でも、同じものを食べていたとしても、誰かと一緒にいるだけで美味しさが2倍、10倍、100倍になるっていう。

─── 実際、映画の中でも「みんなで食べると美味しいね」というメッセージがすごく象徴的に描かれていました。
座古 本編ではあまり掘り下げませんでしたが、今回のゲストヒロインである「あやめ」(旧・第一ビオトーブ所長)だって、敵役であるギリムと若い頃に別れた後、あの島で500年近く一人でいたわけですよ。一人でご飯を食べて、料理人なのに誰にも料理を振る舞うことなく、ずーっと一人で暮らしてきた。小松におかゆをごちそうして、小松から「美味しいですっ」と言われるあのシーンなんか、あやめは本当に嬉しいんだろうなって。

─── 500年ひとりぼっちって、考えたくもないです。
座古 もちろん、たまには料理人としてライバルだった節乃と交流があったりもしたとは思うんです。でも、基本的にはずっとあの島で一人で暮らして来た。その「孤独」の裏返しとしてあのセリフが生まれた部分もあると思います。

─── ギリムとあやめに関して言えば、ギリム役の北大路欣也さん、あやめ役の真矢みきさん、お二人の演技はいかがでした?
座古 キャスティングを聞いて、「え? このお二人を俺が演出するの?」と(笑)。北大路さんも真矢さんのお二方ともそうだったんですけども、絵がなくても演技だけで泣けてしまうという。得体の知れないパワーに心動かされるっていうのを初めて経験しましたね。お二人の演技には、人生の中で経験してきたいろんな要素も全部含まれているんじゃないかなと思ってしまうほどの素晴らしい演技で、監督としては演出的に敗北したわけですけども(笑)。あとで真矢さんも、すごく練習して来たっていうのをお聞きして、さすがなぁと思いましたね。
(後編へ続く)

「劇場版トリコ 美食神の超食宝(スペシャルメニュー)」は全国東映系にて公開中。
(オグマナオト)