あれは何月だっただろうか。ツイッターで知人がおかしなことをつぶやいていた。

「岐阜県の美濃加茂市では、盆踊りで荻野目洋子の『ダンシング・ヒーロー』がかかる」

そのこと自体にはそんなに驚きはない。何も民謡だけが盆踊りじゃないのは日本の常識だもんね。45年前、ワタシが小学生時代を過ごした東京の下町でも、『オバQ音頭』だの『21世紀音頭』だのといった珍奇な曲が盆踊りの定番ソングとして繰り返しスピンされていた。

ところが、問題は『ダンシング・ヒーロー』である。

『オバQ音頭』や『21世紀音頭』は、あくまでも“音頭”だ。音頭のリズムで太鼓がドンドコ鳴ってれば、誰だって違和感なく踊ることが出来る。だが、『ダンシング・ヒーロー』はどうなのか? 荻野目三姉妹の末っ子で、小学生時代に一旦ジュニアアイドルグループ「ミルク」としてデビューしたけどとくにパッとせず解散して、高校生になってから再デビューしたけどやっぱりそんなに売れるわけでもなく、伸び悩んでいたところに7枚目のシングル『ダンシング・ヒーロー』でユーロビートに挑戦したらこれが大ヒットしちゃったという運命の曲。

たしかに売れた。32万枚以上は売れたし、アイドルポップスの歴史に残る名曲だとも思う。でも、ユーロビートで? 盆踊りを?

「美濃加茂」「盆踊り」で検索すると、すぐに出てくんの。美濃加茂市のおん祭(おんさい)の動画が


これを見ると、たしかに『ダンシング・ヒーロー』で地元の皆さんが異常な盛り上がりを見せている。なんだろうこれは。盆踊りといえばたしかに盆踊りなんだけど、何かそれだけじゃないものを感じる。

調べてみると、今年の『ダンシング・ヒーロー』盆踊りが行なわれる「おん祭MINOKAMO 2013夏の陣」は8月17日だというではないか。何かおもしろそうなことをやっていたら、とりあえず現場に行ってみる主義のワタシとしては、こりゃ現地まで行くしかない! と思った。

で、行ってきました岐阜県・美濃加茂へ。

美濃加茂市は、岐阜県の中にありながら市の形状自体も岐阜県とよく似ている、魚でいうところの「鯛の鯛」みたいな不思議な土地だ。今回、クルマで行ったので市内をひと通り流してみたが、活気がある町だな、という印象を受けた。お祭りの日だから人出が多いのは当然かもしれないが、とにかく若い人が多かった。そして外国人も。観光客ではなく、明らかな地元民として。

あとで調べたところによると、美濃加茂市には90年代の後半から日系ブラジル人や在日フィリピン人などが多く移り住むようになり、いまでは市の人口の1割を占めるのだという。ホテルにチェックインしてから、盆踊り会場へ向かう道を歩いていると、とにかく外人さんとすれ違うすれ違う。

なぜそういうことになったのかはわからないが、東洋経済が発表している「住みよさランキング2013」では、全国ランクの第11位に食い込んでいるほどだから、国籍を問わず人々を引き寄せる力があるのだろう。この町には無国籍ロマンスがある。

さて、お祭りはまず花火大会から始まる。打ち上げるのは盆踊り会場と同じく木曽川緑地ライン公園というところ。花火にあんまり興味のないワタシでも、近距離で見あげる3500発の花火にはなんとも言えない興奮を覚える。ラストのスターマイン同時打ち上げは見事のひと言。

盆踊りというよりも、どっちかっていうと花火メインで見物に来ているお客さんをカキワケカキワケ木曽川の土手に上がってみると、そこは大変なことになっていた。土手から見下ろした河川敷の盆踊り会場には櫓(やぐら)が立っているのが見える。だが、その周囲は真っ黒な何物かで覆われている。

なにこれ? どういう状況? ……と、よーく目をこらして見ると、これ全部、盆踊りに集まった人々々々々!

昨年の人出が約10万人と発表されていて、もちろん花火だけ見て帰っちゃった人も含まれてるだろうから、ここにいるのはその半分だとしても5万人。とにかく河川敷が人の群れで一杯になっている。ちょっと前に見た『ワールドウォーZ』にこんなシーンあったよ!

そうして、おもむろに盆踊りが始まる。とても会場へ降りていける状況じゃなかったし、いっそこのまま土手の上から俯瞰で観察した方が楽しい! と思ったので、ずーっと上から見ていた。上の方に貼ったYouTube動画は、櫓の近くで撮影されたものだから臨場感はあるけどスケールの大きさは伝わってこない。ここにワタシが撮ってきた俯瞰の映像も貼っておくので、その尋常でないスケールを味わってほしい。



『ダンシング・ヒーロー』で踊るというのは、美濃加茂だけでなく愛知県の尾張地区でも見られるそうだし、都内の数カ所でも例があるという。でも、このスケールはどうだ。

大変な喧騒でアナウンスがよく聞き取れなかったりしてすべての曲名はわからなかったけど、『ダンシング・ヒーロー』が2回、他に『おどるポンポコリン』、『なかよし音頭』、『明日があるさ/トータス松本』なんて曲で皆さん踊ってらっしゃった。でも、やっぱり美濃加茂の人々にとって『ダンシング・ヒーロー』は別格のようだった。『ダンシング・ヒーロー』がこんなに愛されている現場なんて初めて見た。

2001年には荻野目洋子さんご本人も登場して、生歌での盆踊りが繰り広げられたらしい。どれほどの熱狂ぶりだったか、想像もつかない。
(とみさわ昭仁)
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