美術館に足を踏み入れると、赤い大きな布が、床の上に無造作に広がっていた。一体これは何なのか?

現在、韓国ソウルのソウル市立美術館にて、興味深い展示が行われている。
「SeMA Green 金丘林展『よく知りもしないくせに』」と名付けられたこの展示では、1936年生まれ、韓国第1世代の前衛芸術家として先駆的な活動を繰り広げながら、大衆的に評価される機会の少なかった作家、金丘林(キム・グリム)を紹介。今回は特に、発表後に消失してしまったり、エスキースだけで実現・発表ができなかったりした1960~70年代の代表作の数々が、約40年ぶりに再現された。

最初に登場する巨大な赤い布は、『現象から痕跡に』という1969年作品(写真)。3メートル平方という大きな氷の塊を赤い布で包み、それが自然と溶けきるまでの行程、そして痕跡を見せるというインスタレーションだ。

この作品は1970年、景福宮美術館の招請を受け発表しようとするも、溶けた水で他の作品が痛むという理由から出展を拒否された。当時はスケッチだけ存在していたこの作品の、初のお目見えとなる今回の設置では、スタッフが昼夜、床に溶け流れる水を除去。
氷は約10日間かけて溶けきり、現在の布だけの姿になったという。

他の作品も、40年の時を経て再現されたものばかりだ。韓国初の実験映画であり、代表作のひとつである『1/24秒の意味』(1969年・写真)は、当時16mmフィルムで撮影されたが、2001年に原本が消失し、デジタル変換したファイルだけが残る状況だったという。今回はカナダにてフィルムに復元され、当時と同じ形で上映される。

また、こちらも韓国初となるエレクトリックアート『空間構造A,B』(1968年)も、1969年にマニラで行われた展示のあと、何故か戻ってこなかったという。こちらも当時の資料をもとに再現された。


作品に添えられた解説を見て驚くのが、多くの作品に「韓国初の」という言葉がつくことだ。
先に紹介した2作品の他に、韓国初のヌード映画とされる『文明・女・金』(1969年)、多数の人にゲリラ的に謎めいた手紙を送った韓国初のメールアート『マスメディアの遺物』(1970年)、芝生を燃やして表現する韓国初のランドアート『現象から痕跡に』(1970年)、女性の身体をキャンパスとした韓国初の『ボディペインティング』(1969年)と、彼の作品がいかに時代に先駆けていたかわかる。それらは現代社会にも通じる、ユーモアと風刺にあふれている。

ソウル市立美術館のキュレーター、シン・ウンジンさんによると、彼は当時の美術界において、「まさにドンキホーテのような存在」だったという。正規の教育を受けずに出発した彼は、美術学校出身の作家が絵画や彫刻ばかりに没頭していた60~70年代、ジャンルを超えた創作活動で韓国美術界に衝撃を与えた。

一方、街頭でコンドームを配ったり、明洞のショーウィンドウに「私を買ってください」という札とともに女性を立たせるパフォーマンスを行ったり、そうした行動は大衆的には好奇の目で見られ、いわゆるイエローマガジンの、芸術欄ではなく社会欄に大きく取り上げ、「時代の問題児」として知られるように。


アバンギャルドアートという性質から、作品が写真資料でしか残らなかったことも、これまで美術の専門家だけが知る存在だった理由のひとつとなった。今回の展示では、写真アーカイブから作品を再現するのに、大変苦労したということだ。

金丘林は70年代以降、海外を活動の舞台としていく。日本でも、1974年「第9回東京国際版画ビエンナーレ」(東京国立近代美術館)や京都市美術館でのグループ展に招請され、銀座の画廊での個人展も開催した。立体作品『シャベル』(写真)、『ほうき』などが評価され、李禹煥とも交流が深かったとか。現在、彼の作品のいくつかは、福岡アジア美術館などに所蔵されている。


彼は現在、海外での活動を終え韓国に戻り、現在もソウルのアトリエで精力的に作品を制作している。今回の展示でも2012年の最新作を見学することができる。

ソウル市立美術館の展示は2013年10月13日まで。何かと制限の多かったこの時代の韓国で、破天荒な活動をしていた金丘林の、現在も色あせない作品のパワーに触れてはいかがだろう。
(清水2000)