「マスゴミ」の作者で、漫画家の鈴木みそインタビュー後編です。(前編はこちら)

子どもの頃から教育テレビが大好きだった

───でも、売り方も含めておもしろがれる漫画家さんって、珍しいですよね。


みそ 子どもの頃から教育テレビ(現在はEテレ)が好きな、変わった子だったんです。「はたらくおじさん」とか、大好きでした。ほおっておいたら、朝から晩まで教育テレビを見ているので、親が呆れたくらいで。そういった影響はあるでしょうね。

───みそさんが得意とされているような「業界ルポ漫画」は、漫画全体から見ると少数派ですが、社会全体が過渡期にある中で、改めて注目されている気がします。

みそ 不景気になるとハウツー物が強いですしね。
逆にエンタテインメントはがくーんと減ります。電子書籍でもヒットするのはハウツー物で、ストーリー漫画を売るのはすごく大変。

───一方でスティーブ・ジョブズの伝記漫画なども出ています。

みそ そういう意味ではハイブリッドなんですよね。ちょっと話は変わるかもしれませんが、実はいま、講演の仕事がすごく増えているんですよ。毎月1回は学校や電子書籍のイベントなどで講演をしています。
それで、時には漫画のネタにもさせてもらっています。

───「限界集落温泉」の中にも、大事なのはハードウェアではなくて、ソフトウェアなんだという指摘がありました。ハードのスペックが上がることよりも、そこでどんなワクワクできる祭りが共有できるかなんだと。

みそ ハードはしょせんソフトウェアを入れるための箱ですからね。箱がどれだけ進化しても、中に入れるものは案外変わらなかったりする。人間が好きなモノってそんなに変わらないし、けっこう原始的な内容の方が受けるのかもしれない。
漫画なんて、チョー原始的だし。

───オペラなんて三角関係の話ばかりですからね。今でいう昼メロです。つまりテーマは変わらないけど、技術の進化で見せ方が変わっていく。

みそ ハリウッドの映画が最近、すごくストーリーが重層化して、複雑になっているじゃないですか。ピクサーの映画なんか、クライマックスにかけての盛り上がりがすごくて、次から次へとエピソードが積み重なっていく。
それでも最後はちゃんとカタルシスが得られて終わるんですよ。逆にいま昔の映画を見ると、シンプルすぎて驚きますよね。ここまで脚本を練り込んで、2時間という枠の中に収めて、わかりやすく見せる技術が出てきた。いつ漫画に反映されるのかな、なんてのは良く考えますね。

───たしかに、「24」などの海外ドラマも、プロットが非常に複雑です。

みそ 一方で漫画はとても古めかしいメディアだけに、全部一人で描けちゃう良さもあるんです。
だから電子書籍に声優を入れました、動画を入れましたと、デバイスにあわせて内容をリッチにしていくのは諸刃の剣で。一人で作れなくなるし、コストの回収も難しくなっていく。そのバランスが重要かなと思います。

過渡期だからこそ小回りが重要

───ゲームも最近、ツールやミドルウェアの進化で、一人でゲームを作って全世界で配信できる時代になりました。

みそ 同じように漫画専門のミドルウェアやアプリがあって、一人で何でもできることが増えれば、もっとおもしろくなりますね。

───今でもPC上でキャラクターやパーツの組み合わせて漫画が描ける「コミpo!」というツールがありますね。
地方自治体の行政パンフレットなどでの使用例もあるようです。これまで漫画を描いたことのない人が漫画を描いて、まったく別の表現分野で活用されはじめています。

みそ ホントに過渡期ですよね。電子書籍でいえば、読者がどんな風に読むのかも興味があります。僕らのライバルは漫画や雑誌ではなくて、まさにアプリ全体。ひとつ100円で落とせる。または無料で遊べるアプリと、一冊380円の電子書籍が、同じスマートフォンという土俵で勝負するわけじゃないですか。その時に必要なのがコンテンツのスピード感で、そこではまだ漫画のコンパクトさがメリットになるんじゃないかと思うんです。

───まさに同じ事を、GREEやDeNAの「中の人」が言われていました。ライバルはゲームじゃなくて、アプリ全体なんだと。でも、なかなかコンソールゲームの世界では、そうならないんですよね。PS4のライバルがXbox ONEみたいな話に、すぐなってしまう。

みそ ついカテゴリーごとのシェアでみちゃいますよね。そういえば、本宮ひろ志先生が「サラリーマン金太郎」で、全巻無料配信をされていますよ。ビジネスモデルがおもしろくて、1日30分だけ無料で読めて、追加で読みたければアイテムを購入するんです。Google Playでignition inc.という企業のアプリで配信されています。

───まさにソーシャルゲーム!

みそ そうなんですよ。そんな風にいろんな垣根が崩れていく中で、良かったなあと思っていることがあって。僕は一人で漫画が描けて、電子書籍も作れてと、小回りがきくんです。それが今の時代にあっていると思います。アシスタントも使わずに、一人で描いているんです。だから電子書籍にも、すっと入れた。

───漫画家はよく原稿料でアシスタントの給料と作業場の維持費を払って、単行本で収入にすると言われますが、そうした漫画家特有のビジネスモデルからも自由だったんですね。

みそ まさにそうですね。

───ブログでは漫画家と編集者の信頼関係が損なわれることに、漫画家が抵抗を感じていることが、電子書籍化が進まない一因ではないかとも指摘されていました。

みそ それもあるとは思います。でも、いろいろ聞いてみると、やっぱりみんな原稿を書くのに必死で、忙しすぎるんですよ。だから「だれかが電子書籍化してくれたら、やぶさかではない」的な声が本音じゃないでしょうか。それで一時、漫画家仲間に「自分に任せてくれたら、業界最安値で配信してあげるよ」と言っていたんです。アマゾンに聞いてみたら、一つのアカウントで複数の作家の漫画を配信してもOKだって。そうなるともう、個人出版社だよね。

編集者の独立はポイントの一つ

───そういったビジネスにも抵抗がないんですか?

みそ 全然ないですね。ただ、いろんな計算がめんどくさくて。実は双葉社で出版している「アジアを喰う」の電子書籍版では、印税の一部を版元に返却しているんです。漫画は漫画家と編集者の二人三脚で作っているところもあるので。毎回Excelで管理しています。お互いの取り分を何パーセントにするのか。税金はどっちが払うのか。ホントめんどくさいことも多いですが、漫画のネタにもなるし、楽しんでやってます。

───そのチャレンジ精神は敬服です。

みそ また、多くの漫画家さんが困るのが、フォントの扱いみたいですね。最近ではフルデジタルで原稿を描かれる方が増えていますが、この数年でツールやフォントのバージョンがどんどん変わっています。なので、なかなかワンクリックでデータ変換というふうにならない。僕も毎回手作業でフォントの位置を修正しています。これが面倒で面倒で。でも、漫画作成ツールのデファクトスタンダードになってる「Comic Studio」では、最新版で電子書籍化の対応が進みました。データ変換からアップロードまで、ワンクリックでできる時代が、もうすぐきそうです。

───そうなると、ますます個人出版が身近になりそうですね。

みそ あとKDPの場合、二重課税回避の手続きがめんどうなんですよ。アマゾンで個人出版をする場合、データはシアトルのサーバにあるんです。だから手続きをしないと、日本に加えてアメリカでも税金を取られるんです。そのためアメリカに住んでいないことを証明する必要があるんですが、英文でFAXを送る必要があるんですよ。まあ、最初だけなんですけどね。

───それは聞くだけで心が折れそうな・・・

みそ こういうのも全部やってあげるよって。そんなふうに、フリーの編集者が増えるのも、電子書籍の普及に大きいんじゃないかと思います。結局、漫画は出版社ではなくて、編集者と作るものだから。コルクの佐渡島康平さんみたいに、大手出版社を退職されてフリーで活躍されている編集者もいますよね。

───モーニング編集部で「宇宙兄弟」の担当編集者だった方ですね。

みそ そうそう。いろんな才能をむすび付けることが、本来の編集者の役割じゃないですか。

───ちなみに、みそさんの場合、現在は紙の単行本があって、そこから電子書籍という流れですが、これから電子書籍オリジナルの漫画出版の可能性はありますか?

みそ まだちょっと市場が小さくて難しいですね。紙の出版と電子出版の最大の違いは、連載中に原稿料が出るか否かなんです。紙の場合は連載時の原稿料と、単行本の印税という二つの稼ぎ口がありますが、電子出版だと印税しか有りませんから。なので今のところは、電子書籍は文庫というイメージです。雑誌で出て、単行本で出て、それから文庫になるという。ただし、どんどん状況は変わっていくと思います。ある程度市場が大きくなれば、そこに大手がばーっと入ってきて、一気にブレイクすると思いますよ。

今年は自分にとって電子書籍元年

───では、そうした状況が全てクリアされたとして、未来の電子書籍で漫画はどのようになっているでしょうか?

みそ 一つの可能性ですが、スマートフォンで読みやすいように、コマが大きくなって、画一化されているんじゃないでしょうか。コマも横じゃなくて、親指でフリックしやすいように、縦に並んでいくとか。

───なるほど、それはおもしろい発想ですね。

みそ 見開き単位じゃなければイヤだとか、そのあたりの変なこだわりは、まったくないです。

───他にもみそさんの新作や、電子書籍への取り組みに注目されている人は多いと思います。

みそ いま月刊コミックビームで、今日のインタビューのような話をもとに「ナナのリテラシー」という漫画を連載しています。これが来年の1月に、単行本と電子書籍で同時に出ます。表紙や単行本向けの修正などを12月頭に入れる必要があるので、そろそろ追い込みですよ。電子書籍だとアップロードは一瞬なんですが、紙だとそうもいかない。これが、どれくらい動くかなあと。

───もうすぐですね。

みそ それからMac Fanで連載している「てん(X)までとどけ」が、11年目にして初めて単行本になります。ただ版元のマイナビは漫画流通に強くないので、事前予約制なんです。それで予約特典として電子書籍版がつきます。紙と電子でセットで1400円。それからしばらくたって、電子書籍を1000円で売ります。だったら今のうちに、セットで買った方がお得でしょって。

───なるほど。

みそ 最後にeBookJapanさんのオリジナルWebマガジン「KATANA」で、電子書籍の内幕を描いた「でんしょのはなし」の単行本が、来年半ばに出る予定です。これは連載段階から原稿料が出ています。つまり、一回も紙に印刷されることのないまま、電子書籍で出版される初めての例になりそうです。詳細はブログで赤裸々につづっていきます。

───2013年はみそさんの電子書籍元年でしたが、来年はさらなる飛翔の年になりそうですね。

みそ たぶん2013年で、僕は個人で一番電子書籍を売る漫画家じゃないかと思います。でも、この称号が使えるのも年内だけ。来年はそれを土台にいろんなところに働きかけて、ちょっとずつ知名度をあげていきたいですね。それしかないかなと思います。

───今から楽しみですね。ありがとうございました。
(小野憲史)