古市憲寿「百の夜は跳ねて」芥川賞選評が辛辣で驚いた。米光一成の表現道場
第2回

芥川賞選評が凄いことになっている。
候補作のひとつ古市憲寿「百の夜は跳ねて」について、である。

(おっと、そのまえに、第161回上半期芥川賞受賞作は、今村夏子「むらさきのスカートの女」である。傑作だ)
古市憲寿「百の夜は跳ねて」芥川賞選評が辛辣で驚いた。米光一成の表現道場

「文藝春秋2019年9月号」

古市憲寿「百の夜は跳ねて」芥川賞選評が辛辣で驚いた。米光一成の表現道場

古市憲寿は、2011年に新書『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』でデビュー。
『絶望の国の幸福な若者たち』『保育園義務教育化』『誰の味方でもありません』などの著作がある。
コメンテーターとして、数々のテレビ番組に出演。
その語り口は、「暴言すぎる!」とか「生意気だ」などと中高年から評されるが、ただ空気を読まずストレートに考えを述べてるだけだろう。
「家ではチョコしか食べない」と、めちゃくちゃ甘いもの好きである。


2018年、「平成くん、さようなら」で第160回芥川龍之介賞候補。
さらに、今回、「百の夜は跳ねて」で第161回芥川龍之介賞候補になる。

古市憲寿「百の夜は跳ねて」には、参考文献が明記されている。
『文學界2012年10月号』に掲載の木村友祐「天空の絵描きたち」が、参考文献のひとつとして挙げられているのだ。
山田詠美は選評でこう書く。
“小説の参考文献に、古典でもない小説作品とは、これいかに。
そういうのってありな訳? と思ったので、その木村友祐「天空の絵描きたち」を読んでみた。”
「天空の絵描きたち」は、候補作よりはるかにおもしろかったそうで、「どうなってんの?」と驚き、こう続ける。
“いや、しかし、だからといって、候補作が真似や剽窃に当たる訳ではない。もちろん、オマージュでもない。ここにあるのは、もっと、ずっとずっと巧妙な、何か。それについて考えると哀しくなって来る。

うわーんと婉曲的に辛辣なディスである。

吉田修一はこう書く。
“本作に対して盗作とはまた別種のいやらしさを感じた。ぜひ読み比べてほしいのだが、あいにく『天空の…』の方は書籍化さえされておらず入手困難であり、まさにこの辺りに本作が持っているいやらしさがあるように思う。”

堀江敏幸は、高層ビルの窓ガラスを清掃をする人を描いた小説であることを踏まえて、こう書く。
“参考文献にあげられた他者の小説の、最も重要な部分をかっぱいでも、ガラスは濁るだけではないか。


川上弘美、やわからな文体でありながら苛辣だ。
“結論から言います。わたしは悲しかった。木村友祐さんの声が、そのまま「百の夜は跳ねて」の中に、消化されず、ひどく生のまま、響いていると、強く感じてしまったからです。小説家が、いや、小説に限らず何かを創り出す人びとが、自分の、自分だけの声を生み出すということが、どんなに苦しく、またこよなく楽しいことなのか、古市さんにはわかっていないのではないか。だからこんなにも安易に、木村さんの声を「参考」にしてしまったのではないか。


こういった選評がネットで拡散され、さらに古市憲寿自身の毒舌炎上キャラとしてのパブリックイメージもあって、まあ、ネットではひどい言われようである。
というか、選考委員ですら、“差別的な価値観の主人公を小説で書いてもいいのだが、作者もまた同じような価値観なのではないかと思えるふしもあり、作家としては致命的ではないだろうか。”(吉田修一)と、作品ではなく作者本人をディスる選評もあるのだ。

だが、小川洋子、高橋のぶ子、島田雅彦、宮本輝は、参考文献の件には触れていない。
さらに、奥泉光は、この件について好意的ですらあるのだ。
“今回自分が一番推したのは、古市憲寿氏の「百の夜は跳ねて」”だと記したあと、参考文献の件についてこう書く。

“参考文献の利用の仕方を含め、小説作法がやや安易ではないかといった意見には頷かされるものもあったけれど、外にあるさまざまな言葉をコラージュして小説を作る方向を、小説とは元来そういうものであると考える自分は肯定的に捉えた”。
ここでは、“外にあるさまざまな言葉をコラージュ”するという小説観が提示され、“肯定的に捉えた”とまで書いているのだ。
“自分だけの声”という川上弘美の小説観と対比して、「自分だけの声 VS 外の言葉コラージュ」というバトルに単純化したい衝動に駆られるが、そんなことすると怒られそうだ。

小説とは何か。参考文献とは何か。二次創作とは何か。オマージュとは何か。パクリとは何か。
そういった問題につながる興味深い案件になっている。
にもかかわらず(『百の夜は跳ねて』は書籍化されていて手軽に読めるのだが)「天空の絵描きたち」は書籍化されていない。すぐさま書籍化してほしい。(テキスト:米光一成 タイトルデザイン/まつもとりえこ)