今月11日から14日まで、仏中部クレルモン・フェランで第26回欧州剣道選手権大会が開かれた。団体戦ではイタリアが開催国フランス(準優勝)を抑え優勝し、個人では英国がトーナメントを制した。
フランスでの開催は1999年のルルド大会以来15年ぶり。36カ国から約460人の選手が集まった。

今回の開催国フランスで、初期から剣道発展に力を注ぎ現在、仏剣道連盟顧問を務める好村兼一さんという剣士がいる。海外という不慣れな稽古環境で剣道の最高位・八段に上り詰めただけでなく、作家として多くの本を出したり、兵法三代源流「陰流」と宮崎県・鵜戸神宮の関係について研究するなど文武両道の人だ。その好村さんに欧州の剣道事情についてうかがった。

――海外の剣道人口はどの国が多いのですか?
日本に次いで韓国が多いです。
台湾も多いですね。これらは戦前から日本と交流があって広まった剣道です。もう1つはブラジルや米国本土もしくはハワイなどの日系移民の人々が広めた剣道です。これはアジア地域と違い、移民が日本の文化を忘れないようにと伝えてきた剣道です。今は増えてきましたが、本来は自分たちのコミュニティの中で維持するために行われていたもので、現地の人々に広めるためのものではありませんでした。

欧州の場合は、何も縁がないところに日本文化として広まった剣道です。
欧州で剣道の歴史がもっとも長いのは、戦前に伝わった英国です。しかし今はフランスが剣道人口はもっとも多く、次いでドイツ、イタリアが並びます。フランスで剣道が興ったきっかけは、戦後アルジェリア出身のフランス人が日本人の武道家について、剣道を始めたと聞いています。ただし、その先生は剣道専門の人ではなく、修めた武道の内に剣道も含まれていて、その1つとして剣道を習ったそうです。

――好村さんは1970年に渡仏し剣道を教えてこられたそうですが、当時の状況はどのようなものでしたか?
今のようにフランスは、剣道強国の地位になく愛好家人口も多くありませんでした。そこで日本から先生を招くなど交流や稽古を重ねた結果、次第に欧州選手権でも連戦連勝するようになりました。
欧州他国もフランスに追いつけ追い越せと、力をつけてきましたね。数としては多くないですけど東欧にも剣道は広まってきており、今では欧州全体で2万人くらいの愛好家がいるのではないでしょうか。

――フランスは柔道人口が日本より多く、日本の武道に関心が高い国ですが、剣道はどれくらいの規模ですか?
フランスは1973年に連盟ができまして、現在剣道連盟には9000人ほど会員がいます。フランスの剣道連盟には、居合、なぎなた、杖道、スポーツチャンバラ、弓道も一緒に加盟しているので、剣道のみで考えると6000人くらいでしょうか。中には剣道と居合などを掛け持ちしている人もいます。フランスの剣道愛好家は、柔道からの転向者が昔は多かったです。
剣道は柔道に比べて、けがなどの面で年齢を重ねても親しめる武道ですし、それゆえ一般愛好家人口も徐々に広がりました。

――欧州の剣道強国はどこですか?
団体戦では愛好家人口が多いゆえに選手層も厚いので、フランスに分があることが多いです。欧州剣道選手権大会は、1974年に英国で開かれた初回から今年で26回を数えますが、フランスが国別対抗の団体戦で半分以上を優勝しています。フランスの他はドイツやハンガリー、イタリアが強いですね。ただし今ではどの国も良い選手を育てているので、以前より力はきっ抗してきています。かつて個人戦では、ベストエイトの5、6人がフランス人という時期もありましたが、今はさまざまな国の選手たちが勝ち上がってくるようになり、欧州で尽力してきたかいがあったと、うれしく思っています。


――各国で剣風に違いはありますか?
今は違いも小さくなってきていますが、かつてはすごく感じました。欧州内でも北は背丈が大きく、南は小さいなど、平均的な体格は違いますよね。例えばドイツなどは、大きな身体を使ったパワーで押してくる剣道で、練習も筋力トレーニングを重視しています。一方で(生活習慣もかかわってくるのですが)昔の日本人のようには足腰が強くなく、パワーはあるものの堅い剣道になっているのが特徴です。ただし近年は、欧州も子供の時から稽古をするため、日本のような、しなやかな技を使える人が増えてきました。あの体格で堅さが抜け、しなやかな技を繰り出されたら、日本人にとっては本当に脅威です。


――海外で教え方に違いはありますか?
剣道に対してまったく知識がない人に教えるわけですから、いかに分かりやすく、系統立てて理解させるかが重要です。形稽古の大切さも日本以上にしっかり教えます。海外の剣道愛好家は、日本人が持ち合わせているような知識や文化的背景を持っていません。それゆえ余計なバイアスなく、まっさらの状態で基本を忠実に受け入れてくれるため、上達はむしろ日本人より早いことが多いです。

――剣道はスポーツという面だけでなく、日本独自の精神も色濃く反映されていますが、海外で教える際にどう扱っていますか?
非常に難しい問題ですね。剣道は礼法というものを抜きにして考えられませんが、海外は文化的背景がまったく異なるので、日本人が当然だと思っていることが当然ではないということが多々あります。その違いをはっきりさせず、日本のまま剣道の礼法を彼らに押し付けると、必ず失敗します。例えば剣道で先生というのは、公私ともに絶対です。しかしフランスでは、道場とプライベートは割り切って考えます。ひとたび道場を出たら友達関係です。お酒など楽しい席ならそれでも良いですが、あまりになれなれしい関係になってしまうと、いざ道場で弟子をびしっとさせなければいけない時に先生の言うことを聞くかというと、難しいケースもあります。よって文化の違いを明確に認識し、ケースバイケースで判断しつつ教えていかねばなりません。

――稽古に言葉の壁はありますか?
日本語独特の言葉には苦労します。例えば「攻めを強く」という「相手に何もさせずじわじわと詰めていく」時に使う言葉があります。訳せば「アタック」ですが、その言葉からイメージする行動と「攻めを強く」は違います。もちろんいろいろな表現を加えて補足しますが、体験なしには理解できません。若い頃は日本から先生が来ると通訳をよくやらされましたが、彼らが当然のように使う日本語が、訳すのにどうにも適切な表現が見つからないことも多く、大変でした。剣道の深い教えというのは、日本人同士でさえ言葉だけでは完全に伝わるものではないですから、異文化、外国語となるとさらに伝わりづらくなります。日本へ行って稽古すれば、言葉で分からなくても体で覚えることができますが、フランスで稽古するだけの人が大半ですし、そこをどう教えるかが課題です。

――今後、剣道は海外でいっそう広まると思いますか?
どこにいても情報が手に入る時代ですし、華道や茶道のように剣道も、1つの良い日本文化として海外で評価を受けるなど、愛好家人口だけ考えれば今後も広がっていくと思います。ただし剣道は単なる競技スポーツとは片付けられない1つの思想の体現であり、勝利至上主義ではありませんから、とにかく勝てば良いという試合運びをすると、勝利を得たとしても「恥ずかしくないのか」と怒られます。そこが剣道の面白さと深さだということを、海外の人にも気付いてもらいたいです。現在は日本と海外の交流が盛んで、そのことを分かっていらっしゃる先生が、たくさん海外で教えていますから、その点も期待しています。
(加藤亨延)