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大坂冬の陣から400年「国家安康」「君臣豊楽」は家康の言いがかりではなかった説

今年、2015年は徳川家康の死去から400年目にあたることから、「家康公四百年祭」が静岡県を中心に開催される。先週土曜、1月17日には静岡市の静岡浅間神社にて四百年祭の始まりを告げるセレモニーが行なわれた。これから年間を通し、家康の生地・愛知県岡崎市を含め各地で100を超すイベントが予定されている。

家康は亡くなる1年前、1615(慶長20/元和元)年には大坂夏の陣で豊臣家を滅ぼしている。大坂の陣は、その前年の旧暦11月に起こった冬の陣に始まる。冬の陣は東西両軍の和議が結ばれ、戦闘は翌年5月の夏の陣までいったん休止に入った。冬の陣の和議が成立した慶長19年12月20日は、太陽暦でいえば1615年1月19日、つまりきょうでちょうど400年を迎えたことになる。

■家康の言いがかりではなかった?――方広寺鐘銘事件
大坂の陣の発端としては、方広寺大仏殿(京都)の再建にともなう「鐘銘事件」がよく知られている。方広寺は豊臣秀吉の発願によって京都に建てられたが、慶長元(1596)年の大地震で倒壊した。その再建工事が秀吉の没後、息子の秀頼の手によって進められ、同17(1612)年に大仏殿が完成、さらに同19年4月16日に鐘が鋳造された。問題となったのは、この鐘に刻まれた「国家安康」「君臣豊楽」の銘だ。これに家康は「家康の名を引き裂き、豊臣家を讃えるもの」だと激怒したと伝えられる。家康はその9年前、征夷大将軍の座を息子の秀忠に譲り、このころには駿府(静岡県)に在城していたが、大御所としてなおも権力を振るった。
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