この年明けからNHKスペシャルで「ネクストワールド 私たちの未来」というシリーズが放送されている。これは現在のさまざまなテクノロジーの最先端を追いながら、いまから40年後、2045年の世界を予測するというもので、ドキュメンタリーとドラマの二部構成となっている。
1月3日放送の第1回ではずばり未来予測をテーマに、人工知能であらゆることが予測され、人々がそれにしたがって日々を送る未来が描かれた。

その後も、第2回(4日放送)では若返りの医療技術が、昨日放送の第3回では人間と機械の融合がそれぞれテーマとなった。さらに今夜放送の第4回では、「人生はどこまで楽しくなるか」をテーマに、バーチャルリアリティの技術がさらに進んだ未来を描くという。

番組の公式サイトの番組概要に「これから起こる21世紀の圧倒的な変化をおびえるのではなく、楽しみ、準備するためのエキサイティングなシリーズ番組である」とあるように、番組中のドラマでも、人々が新しい技術に戸惑うさまを描きつつ、それによって実現される社会をきわめてポジティブにとらえている。

このシリーズで紹介される最先端のテクノロジーの動向はたしかに興味深い。第1回でアメリカのある地域の警察の事例として、犯罪予測システムが紹介されているのを見ていたら、「『踊る大捜査線』的な刑事ドラマでこれがとりあげられたら、きっとシステムのどこかに穴があって、従来の現場百遍の捜査が勝利するんだろうな」とふと想像したりもした。


一方で、ドラマのパートは、新技術のもたらす社会への影響や政治体制の変化など、もっと幅広い視点から描いてほしかったという気もした。たとえば第2回でとりあげられていた若返りの技術は、超高齢社会の訪れた未来であれば、政府がそれを国民に推奨し、何らかの施策がとられていることも考えられる。あるいは貧富の差によって、その恩恵を受けられる者と受けられない者と格差が生じている可能性もあるだろう。

そこで思い出したのは、いまからちょうど30年前に未来を予測したNHKの番組だ。それは「その日(THE DAY)1995年日本」と題し、1985年から翌年にかけてNHK特集(NHKスペシャルの前身)の枠で放送されたシリーズである。タイトルからもわかるように、そこで予測されたのは1995年と、放送の時点から10年後のきわめて近い未来だった。


このシリーズでもまた、現在の動向を追ったドキュメンタリーに、未来予測にもとづいたドラマを組み合わせた構成がとられていた。いまでこそこの手法は珍しくないけれども、当時としては新鮮だったはずだ。残念ながらDVDなどにはなっていないようなので、いま番組自体を視聴するのは難しそうだが、各回ごとに書籍版が刊行されており、私はそれで内容を把握することができた。

書籍版にも収録されたドラマパートの脚本は、岩間芳樹によるものだ。岩間は1950年代のテレビ草創期以来書き続けてきたベテランで、1993年には「定年、長い余白」で向田邦子賞を受賞、1999年の大ヒット映画「鉄道員(ぽっぽや)」を遺作に亡くなっている。そんな実力派を起用しただけに、ドラマは単なる未来のシミュレーションには終わっていない。
シリーズ全体を通した設定にもとづいて毎回かっちりと物語が組み立てられ、ドラマパートだけでも十分に番組として成立している。

各回の内容に目を向ければ、第1回では「あなたは職場に残れるか」といういささかショッキングなタイトルで、ロボットやコンピュータの導入による労働・雇用の変化がとりあげられた。「旅立ち」と題するドラマパートでは、自分がかつてつくったロボットのせいで職場を追われる技術者(演じるのは長門裕之)の悲哀が描かれた。1985年の時点での未来予測なので、インターネットこそ登場しないものの、新たな技術やシステムの導入で不要となる職種が現れるなど、労働や雇用の形態は2015年のいままさに激変の途上にある。

第1回のあとも「女性の社会進出」「通信ネットワークの発達」「高齢社会」「食と農業」「カード時代」「若者」「医療技術の革新」「国際化」といったテーマで、一年間放送が続いた。ドラマではシリーズでは全編を通して、小林桂樹演じる工作機械メーカーの経営者の家族を中心にドラマが展開される。
各話はそれぞれリンクしており、先の長門演じる技術者は、高齢社会をとりあげた第4回のドラマ「旅路」にも再登場する。このドラマでは、老人同士の誘拐事件を通して高齢者の経済格差の問題が浮き彫りにされ、また身につまされる。

上記の話からもうかがえるように、このシリーズのドラマはけっして明るくはない。女性の社会進出を展望した第2回では、ドラマのなかで、仕事と家庭の両立に悩んだ中年女性がアルコール中毒に陥り、また自分の子供たちとのコミュニケーションに悩む姿が描かれた。これに対しては実際に「あまりにも暗い」との感想が視聴者から番組に寄せられたという。放送された1985年といえばちょうど男女雇用機会均等法が成立し、女性のさらなる社会進出が期待されていた頃だ。
例のドラマでの描写は、それに水を差すものとも受け取られたかもしれない。

だが、前出の労働・雇用の変化にせよ、老人の格差問題にせよ、1995年の予測としては早すぎても、放送から30年経ったいまにして見るとかなりリアリティを感じる描写も少なくない。第3回でとりあげられた情報ネットワークの拡大にともなう情報漏洩の問題は、SNS全盛の現在、プライバシーという概念を揺るがす次元にまで発展しているし、あるいは第5回のドラマで描かれた、一般企業と同じく徹底的な合理化のもと営まれる農業の姿は、企業の農業参入が認められたいま、かなり現実に近いものとなりつつあるのではないだろうか。

もちろん外れた予測もある。たとえば、若者をテーマとした第7回のドラマでは、10代の出産が増え、その対策として高校に託児室が設けられるなどといった“未来”が描かれた。少子化が進む一方で、保育所の不足から待機児童の問題などが生じているいまからすれば、ドラマの世界のほうがむしろユートピアに思えてしまう。
それにしても、10年後の若者を予測することなど(スタッフが書籍のなかで認めているように)どだい無理な話なのに、あえて果敢に挑んだことに感心する。

そもそも10年後の未来を予測するというこのシリーズのコンセプトからして、かなりの冒険であったらしい。番組スタッフは専門家たちのもとに取材に赴くたび、「21世紀(放送時点で15年以上先)のことなら推理の幅があるが、その中間の10年先のこととなると濃霧のなかで、よけい見えにくい」といった反応を受けたという(NHK取材班『ザ・デイ1』)。このシリーズの放送終了から1995年までには、バブルの発生と崩壊、あるいは東西冷戦の終結と、大きな枠組みの変化があいついだが、当時それを予測できた人がどれだけいただろうか。そう考えれば、専門家が頭を抱えたのは無理もない。

それでもスタッフがこの難しいテーマに挑んだのは、時代が大きく変化していくなかで、将来に向かっての日本、そして日本人の自己点検が必要だと考えたからだという。書籍版の第1巻のまえがきには、《私たちがNHK特集「その日(ザ・デイ)」をシリーズで企画したのは、まさに自己点検の現場を“いま”に求め、そのなかから一〇年後という近未来のいくつかの予兆をとらえて、“その日”を迎えるための多様な手がかりを“いま”の人びとに提示してみたいと考えたからに他ならない》とある。

同じように、いま私たちが30年前の未来予測がどれだけ当たったか、点検することはけっして無駄ではないと思う。いや、個人であれ、組織や国家であれ、将来に向けて目標を立てたのなら、あとになってそれがどれだけ達成されたか確認するのは、そこから新たな目標を立てたり、場合によっては軌道修正をはかるためにも必須だろう。とすれば、今回の「ネクストワールド」でも、30年ののち、あらためてその内容を確認する番組が必要なはずだし、ぜひつくってほしい。それを見届けるためにも、私もせいぜい長生きしたいと思う。

※NHKスペシャル「ネクストワールド 私たちの未来」は、現在、NHKオンデマンドにて第1回と第2回が配信中(有料)。第3回と第4回の再放送予定はNHKスペシャルのサイトを参照。
(近藤正高)