日本のゲーム業界には数多くの「神様」が存在しています。その中でも別格といえる人物が鈴木裕氏(元セガ、現YS NET代表取締役)です。「スペースハリアー」「アウトラン」「バーチャファイター」「シェンムー」と、数々の名作を世に送り出した天才ゲームクリエイターとして。一介のゲーム会社だったセガを世界的な企業に成長させた立役者として。今もなお世界中のゲーム開発者から尊敬を集めています。

そんな鈴木氏のトークイベント「ゲームクリエイターという仕事~0から1を作り出すということ~」が、東京・中野の東京コンテンツインキュベーションセンター(TCIC)で3月19日に開催されました。40名程度の会場には学生からプロ、そしてTCICに入居しているスタートアップが集まり、人気タイトルの開発秘話や鈴木氏のクリエイターとしての姿勢などについて聞き入っていました。

TCICは東京都がコンテンツ関連産業に特化して2008年に開設した創業支援施設です。起業して3年未満という若い会社が集まっており、ここから数々の企業が羽ばたいていきました。2月に43億円を調達して話題を集めたメタップスも、そうした企業の一つです。センターでは著名メンターによる経営支援や、今回のようなセミナーを定期的に開催するなど、さまざまな取り組みを行っています。

本セミナーも今なお新作ゲーム開発を続ける鈴木裕氏と、古くから仕事を共にしてきた映像プロデューサーのテイク・ワイ代表取締役・竹内宏彰氏による対談形式で実施。鈴木氏の中に蓄積された膨大なクリエイターとしてのナレッジを、竹内氏がプロデューサー視点で翻訳し、わかりやすく解説するというスタイルで行われ、ゲーム業界以外の人でも理解しやすいように工夫されていました。

1.既存の商品開発の延長線から離れることで勝機が生まれる

講演は3D格闘ゲーム「バーチャファイター」シリーズの開発秘話からスタートしました。いかにもポリポリした「1」(1993年)に対して、より滑らかな映像になった「2」(1994年)では、ポリゴンの表面にグラフィックデータを張り付ける「テクスチャマッピング」という新技術が使用されています。

今では当たり前になったこの技術ですが、当時は米軍の軍事シミュレーターなど、非常に限定された用途でしか使用されていませんでした。にもかかかわらず鈴木氏は、そうした軍需企業の一つ、GEエアロスペースにアタックを行い、専用チップの共同開発を行うことに成功。「デイトナUSA」「バーチャコップ」そして「バーチャファイター2」などの大ヒットタイトルにつなげていきます。

何しろ軍事シミュレーターなので、一機数十億円の代物。それに使われるチップも桁違いに高額でした。これに対して当時のセガが予定していたチップのコストは数千円。超ディスカウントの要求に対して、ハードウェアのチームと鈴木は、量産効果でチップのローコスト化に成功したのでした。

竹内氏は「普通のゲームクリエイターであれば、軍需企業との共同開発という発想に至らない」と指摘します。これに対して鈴木氏は「ソ連が崩壊して冷戦が終結し、アメリカで軍事技術の民間移転が進んでいた」いうタイミングの良さを上げました。しかし、セガ(もっといえば鈴木氏)以外にそうした発想がなかったことも事実。実際、当時の主流は2Dゲームで、3Dゲームの未来については懐疑的な見方が大半でした。

当時ゲームのプロモーション映像制作などで、何度も仕事を共にしたという竹内氏は、このように「ゲーム会社の枠に留まらない発想が鈴木氏からどんどん飛びだしてきた」とふり返ります。そして「既存の商品開発の延長線から離れることで勝機が生まれる。特にベンチャーにとっては重要な考え方」だと指摘しました。

2.完成形のイメージから逆算して開発する

後半はドリームキャストの大作RPG「シェンムー」の開発に移りました。総開発費70億円という金額が話題を集めた同作ですが、これは研究開発とコンテンツ制作を並行して行っていたから。実際、本作では広大な世界の中をプレイヤーが自由に行動しながら、自分のペースでゲームが進められる「オープンワールド」というスタイルが、世界に先駆けて実現されています。

長くアーケードゲームの開発にたずさわり、いわゆる「3分100円」のビジネスモデルの中でゲームを作ることに、ストレスを感じていたという鈴木氏。そうした中、ドリームキャストのキラーコンテンツとしてRPGを開発することになり、「過去の約束事を踏襲するのではなく、本当の意味で架空の人生を体験できるゲーム」を作りたいと考えるようになります。そのためには自律して動く広大な架空世界の構築が必要でした。

しかし、過去の常識では世界を広げるとデータ量が増えて、メディアに収まらなくなります。実際にやりたいことすべてを実現すると、CD-ROMで50枚分にもなることがわかりました。これを少なくとも3枚程度に圧縮しなければなりません。そこで鈴木氏は「世界を計算で表現すれば大量のデータを持たなくてもいい」という結論にいたります。これは今日のゲーム業界で、プロシージャル(自動生成)と呼ばれる技術にあたります。

実際「シェンムー」では▽天候の自動変化や室内の装飾品など、さまざまな環境の自動生成▽AI(人工知能)などの技術を用いた、NPCの自律的な行動▽あるキャラクターの動きのデータを、さまざまなキャラクターで使い回して、開発効率を上げる──の3点について、さまざまな技術開発が行われました。いわば3D立体視撮影用カメラの開発から挑んだ、映画「アバター」と同じようなスタイルが取られたといえるでしょう。

竹内氏はこのように「当時は不可能だとされたことが、数年後には当たり前になっている」ことが、鈴木氏のプロジェクトでは非常に多いと説明しました。そして、その理由として「最初から完成形のイメージが見えていて、そこから必要な要素を逆算して作っているから」と説明しました。

3.クリエイターならではの視点

質疑応答でも、さまざまなディスカッションが行われました。Oculus Riftをはじめ、ゲーム業界で注目を集めているバーチャルリアリティ(VR)技術については、「1990年代初頭にセガでかなり技術研究を行ったので、なんだか懐かしい気持ち」と前置きしつつ、新しいトレンドを自分が作るという考えの人が、どれだけ多くいるかが重要だと指摘。自分でも機会があればコンテンツを作りたいと語りました。

他に働き方についての質問もありました。鈴木氏は「体力と気力が十分にあるなら、日中はチームのために自分の時間を使って、夜間はクリエイティブなことをするのに使うと良い」と語りました。実際に若い頃はそういう働き方をしていたので、よく自宅で電気やガスが止められていたと言います。そして、そうした働き方を辛いとも、苦しいとも感じたことがなかったと振り返りました。

これらの議論を引き取り、竹内氏はクリエイターとプロデューサーの違いについて補足。「(鈴木)裕さんのようなクリエイターは最初から完成イメージを持っているが、いつまでも理想に到達することはない。一方で自分のようなプロデューサーは成功イメージを持っていて、いつかは制作を終わらせなければいけない。そのため両者は最終的には衝突せざるを得ない」と解説しました。その上で自分自身も鈴木氏からさまざまなことを学んだし、この講演が何かのヒントになれば嬉しいとまとめました。
(小野憲史)