後編では、CGでドラマを描くこと、作品の軸になっているものについてうかがった。
【インタビュー前編はこちら:プリキュアはずっとかぼちゃを頭にかぶっている予定だった。映画「プリンセスプリキュア」宮本監督に聞く】
豊かな感情表現を可能にした新しいシステム
──「ワンダーナイト」では、とにかくキャラクターの表情がかわいくて、感情移入してしまいました。
宮本 ある意味、今回一番こだわったのはそこですね。『CGWORLD』11月号でもお話したんですが、今回の中編と後期EDから、新世代のCGシステムを導入したんです。このシステムだと、大きく変形させたり、変形させた上で動かしたり、動き同士を組み合わせても壊れない。アニメーターがカットの中でモデリングができてしまうんです。変顔のようなカットも、モデリングを発注するのではなく、カットの中でできてしまう。
(c)2015 映画Go!プリンセスプリキュア製作委員会
──そのシステムだと、アニメーターの作業数が減るんですか?
宮本 ……増えますね……(笑)。できることが増えるということは、アニメーターがやりたいことが詰め込めるようになるということなので。正直、アニメーションを作るのはどんどん大変になってきています。
──なるほど……。バトルしていく中でプリキュアやレフィが傷だらけになる、いわゆる「汚し」表現もありましたが、上品に見えました。
宮本 「ワンピース」の頃から、汚し表現はこだわっていたんですよ。
レフィは性格のいい子じゃない
──そういった丁寧な表現で描かれるドラマ部分。すべてを通して、レフィの表情がとにかくすごく豊かですよね。序盤でフローラたちに上目遣いで助けを求めるシーンは、ものすごくかわいいなあと……。
宮本 ああ……(笑)。あのシーンは、実はよろしくない思惑があってですね。レフィ自身、けっこう計算してこの表情をしているんですよ。ちょっと上目遣いでウルウルした目を見せれば、プリキュアたちが手伝ってくれるだろうという思惑があるんです。
(c)2015 映画Go!プリンセスプリキュア製作委員会
──そうなんですか! だ、騙されてしまった……。
宮本 レフィって、実はあまり性格のいい子じゃない(笑)。
──えっ、どこですか!?
宮本 レフィとフローラが街中で追いかけるシーンなんかは顕著ですね。流れでフローラに目に行くようにしているのでわかりづらい部分があるんですけど、「なにこいつ?」って顔をしてるんです。レフィがフローラを呼んだのはいいものの、「助けてほしいのに、なんで私が引っ張ってるんだろう? 人選をミスったかなあ……」くらいのことを考えています。レフィのお芝居は、ライブステージのコンサートの表情もそうですね。
──アイドルっぽい笑顔ですよね。
宮本 あそこは「わざとらしく媚びてくれ」と担当アニメーターにお願いしました。客を惹き付けるための、キャッチーな仮面をかぶった笑顔。レフィって実はほとんど笑わない。
──EDでの笑顔がいちばん、年相応の表情に見えました。
宮本 年齢に見合わない修羅場をくぐって、レフィの笑顔も心の光も、ナイトパンプキンに奪われてしまっている。それを取り戻したから、レフィは本当の笑顔を見せられるようになる。EDでのレフィの笑顔のシーンと、子どもの頃のレフィの回想シーンは、同じアニメーターにやってもらいました。「レフィのあの笑顔を取り戻したんだよ!」と強調したかったんです。
テーマになっているのは「心の距離」
──本当の気持ちを見せられないレフィがプリキュアたちに心を開くのは、どのシーンなんでしょうか。
宮本 テラスでレフィが街を見下ろして、自分の正直な身の上話をして、涙するシーンですね。どうしてもやりたかったシーンのひとつです。自分がひとつ作品のテーマとして掲げていたのは「キャラクターの心の距離」。仕事でもプライベートでもそうなんですけど、本当の意味で信頼関係を築けた人って、最初はちょっと心の距離があった人だと思うんです。これは先輩の格言なんですが「第一印象の良い人には気を付けろ!」(笑)。
──深い……。
宮本 最初は距離が離れていても、探り探り、信頼関係を積み重ねて縮まった距離って、確固たるものですよね。ちょっとした飲み会で表面的に仲良くなることも楽しいし重要ですが、とにかく時間をかけてお互いの事情を知ったうえで近づいた距離はすごく素敵だと思う。プリキュアとレフィの関係も、最初は本当の意味では団結していない。みんなが別々の方向を向いている団結です。
──ナイトパンプキンを倒すためにレフィに協力すると言っていますが、心はバラバラということですか?
宮本 バーでレフィの話を聞いて、フローラは「やろうよ、みんなで街を取り戻そうよ!」と言って、みんなそれに合意している、でも、あの時点のプリキュアたちは、レフィを助けることに対して、同じ気持ちを抱いていない。フローラは、頼られたことが嬉しかったのと、かつてカナタ王子にしてもらったように人を助けたいという気持ちがある。トゥインクルは、なんか面白そうだから付き合おうかなと思っている。マーメイドは「フローラが言うなら」と考えていて、スカーレットは同じプリンセスという立場から共感している。突撃していくシーンも、表情の感じがみんなわりとバラバラ。
──そんなバラバラな団結が、テラスのシーンで変わる。
宮本 そうなんです。
(c)2015 映画Go!プリンセスプリキュア製作委員会
──あの「静」のシーンがあったことで、中編全体にメリハリが生まれて、バトルの勢いのよさにつながっていったように見えました。
宮本 当初のテーマは「ノンストップアクション」だったので、ひたすらテンション高くバトる案もあったんですけどね。静のシーンはもうひとつあって。巨大化したナイトパンプキンにレフィとフローラが張り手で倒されて、下の螺旋階段まで叩き落とされてしまうシーンです。あそこは選曲の水野さやかさんと記録の橋口舞子さんから「このあと盛り上げるんだったら、あえてここにはBGMを入れない方がいいよ」とアドバイスをもらいました。
──ナイトパンプキンがまとっているダークオーラの「ゴー」という音だけが聴こえる、シリアスなカットでしたね。
宮本 時が止まっちゃったようなシーン。このシーンを盛り上がり直前に入れたのは、レフィの気持ちを思い切り爆発させる前に、深くしゃがませたかったんですよ。しゃがむことに対して躊躇する人間は、高い所にはいけない。だから絶対に勝てない強大な敵を前にして、レフィにはあそこでぐっとしゃがんでもらいました。
手を差し伸べるフローラは、自分の周りにいてくれた人たち
──そこからラストへのシークエンスですが、監督のブログに「レフィは自分と重なる」ということが書いてありました。
宮本 「監督をやりたい」といういわば戯言を何年も言い続けてきて、何度も諦めかけて、正直ムリだろうなと思っていて……その中で、「美少女戦士セーラームーンCrystal」や「スイートプリキュア♪」の監督をやっていた境宗久さんや、映画「聖闘士星矢 Legend of Sanctuary』の助監督の上村泰さんと飲みに行きました。そこで「東映アニメーションで演出をやることがどれだけキャリアとして大きいか」「宮本の作品を見てみたい」と言ってもらって、もう一度頑張ってみようと思えたんです。
──くじけそうなレフィに手を差し伸べてくれたフローラのような存在が、そのお2人。
宮本 境さんや上村さんだけじゃなくて、部長の氷見さんや、現場のスタッフもそうです。自分が折れそうになったとき、つらい気持ちを理解してくれて、タイミングよく背中を押してくれる人が、この10年間必ずいたんですね。この10年間、いろんな感謝をしている人たちを投影したのが、あのプリキュアたち。マーメイドとトゥインクルとスカーレットがナイトパンプキンの行く手を阻むシーンも、ボロボロになりながら一生懸命支えてくれる現場をイメージしています。
(c)2015 映画Go!プリンセスプリキュア製作委員会
──レフィが走りながら独白する「ずっと怖くてさびしくて、不安でどうしようもなかった」というシーンもすごく胸に響きました。
宮本 レフィが初めて自分の気持ちをモノローグで語るカットですね。あのあたりも、自分がこれまで作品を作っていく中で、ある意味背伸びしていた部分を反映しています。『ホッタラケの島 〜遥と魔法の鏡〜』でのリードモデラーも、映画『聖闘士星矢 Legend of Sanctuary』のキャラクターデザインも、自分の経験やキャリアに見合わないものをチャンスとして提案してもらっていた。その都度「やらせてください!」と言い続けてきたんですが、その時の本当の気持ちがレフィの台詞です。
──重大な仕事を任されるということは、責任を背負わないといけないということですもんね。
宮本 責任を持たないといけないし、その責任を放棄するつもりはないけど、そう簡単にいくものではない。つらい想いやしんどい想いを押し殺しながら仕事をしてきた部分もありました。いま自分はキャリア10年目ですが、最初から「キャラクターを魅力的に見せたい」という気持ちを一貫して持ち続けてきました。10年間やってきた中で、しんどかったけど、でもいいものを作りたい、頑張りたいという思いをレフィに投影しました。
映画の出来は、他人の評価でしかわからない
──全体を通して、いちばん気合を入れた表情カットはどこでしょうか。
宮本 やっぱり、レフィが泣くカットですね。何テイク重ねたかわかりません。眉間のしわだけじゃなくて、法令線やあごのしわまで思いっきり入れています。こういうしわの入れ方は、老けていたり怖く見えてしまう可能性があるので、3DCGではあまりやらない。でも今回は、どうしてもキメのカットで出したかったので、10歳の女の子に法令線を出しました。
(c)2015 映画Go!プリンセスプリキュア製作委員会
──リアルで、なおかつ可愛かったです。レフィが泣いているシーンから、涙腺が刺激されてしまいました……。
宮本 そこが意外なんですよね。自分からすると泣かせる意図はなかったんですけど……実はダビング作業のときに、キュアフローラ役の嶋村侑さんとキュアトゥインクル役の山村響さんが遊びに来てくれて。作業中に後ろを見たら、山村さんが泣いてたんですよ! えっ、泣くの!? ってびっくりしました。
野島 ダビングは何回も通して見るんですが、山村さんは4回通し見して、4回とも泣いてました(笑)。
宮本 ネットの感想を見てみても、「泣けた」と言ってくれる方が多かったです。自分はどっちかというと、座古監督の長編でウルウル泣きまくっていたので、「ワンダーナイト」を見るころには涙が尽きていた(笑)。それに、劇場で公開されるころには何回も何回も見てるので、正直この作品が面白いのかどうかすら、制作サイドにはわからなくなっている。映画の出来は、見てくれた他人の評価でしかわからないものですね。
──SNSでも、大きな反響があったと思いますが。
宮本 すごく良い評判をいただいて、びっくりしました。嬉しかったのは、みんながレフィの絵を描いてくれること。Twitterでたくさんリツイートしてるんですが(笑)自分が描いたキャラクターをみんなが喜んでくれて、イラストを描いてくれるのって、今までにはなかったこと。監督冥利につきます。
──最後に、今後3DCGで作っていきたいもの、目指していきたいものを教えていただけますか。
宮本 いままで、3DCGは、派手なところや、パースやタイミングの難しいダンスを担当することが多かった。でも、今回は地味な芝居も描ける手ごたえを感じました! テレビでも映画でも、CGが主役だけど、ドタバタしたものだけじゃなくてシリアスなものを描く……そういうことに踏み込んでいけると面白いかなと思います。
(青柳美帆子)