集英社のWebサイト『週プレNEWS』で連載中の『キン肉マン』新シリーズが大人気のゆでたまご。原作担当・嶋田 隆司と作画担当・中井 義則による漫画家ユニットだ。

『キン肉マン』での少年ジャンプデビューは1979年。現在も第一線で活躍する超人気漫画家だが、90年代前半はヒット作に恵まれず、俗に「暗黒期」と言われる時代を過ごしている。
ゆでたまご得意の格闘マンガなのにヒットしなかった3作品をお節介ながら紹介しよう!

蹴撃手(キックボクサー)マモル (1990年) 全4巻


天才的な走り高跳び選手の13歳の中学生・蹴田(しゅうた)マモルは、親善陸上競技大会に出場するために向かったタイの首都バンコクで、ムエタイの絶対王者キング・パイソンに完敗する兄を目撃する。
パイソンは兄の身体に「九十日殺し蛇刻印」を刻み、3ヶ月以内にパイソンを含む5人に勝ち抜かないと兄が死んでしまうことを告げる。マモルはムエタイをマスターし、兄を救えるのだろうか?

今作のテーマは「ムエタイ」。タイ式ボクシングと呼ばれるタイの国技だ。
『ゆうれい小僧がやってきた!』『SCRAP三太夫』と、少年ジャンプでツーアウトを喰らっていたゆでたまご先生に対し、ジャンプは寛大な措置を取った。
このマンガでは複数の担当が付き、タイ取材にも協力的だったそうだ。『キン肉マン』のヒットはそれだけの利益をもたらしていたと言うことだろうか。
これに対し、ゆでたまご先生も本場ムエタイの要素をふんだんに盛り込んでやろうと意欲的。子供たちに馴染みが薄いからと、タイの幻想的な部分を最大限に拡大解釈し、とんでもムエタイマンガに仕上げている。
『キン肉マン』作者・ゆでたまご 暗黒期の格闘マンガ3作品とは

陸上大会のためにバンコクに来ていた中学生が、いきなりムエタイ修行に励む超展開。さらに、モブキャラ臭が半端ない親友の部田(ぶた)くんまでが瀕死の兄の面倒を看るためにバンコクに残る始末。
学校やビザはどうなっているのだろうか?
伝説の導師の元での想像を絶する特訓(2トン半もある石を蹴り飛ばすなど)により、45日間で見事、(自称)プロのキックボクサーとなったマモルも凄いが、ラスボスのキング・パイソンはもっと凄い。
硬式のテニスボールをサッカーボール大にまで膨らませる肺活量、垂直飛びで5mを超えるジャンプ力、刺したナイフが曲がる鋼鉄のすねと脅威のスペック。しかも前述の「九十日殺し蛇刻印」は、足の甲の骨を折ることでその骨片を体内に巡らせ、90日後には心臓に突き刺さることで絶命させる秘技。しかも、その骨片がある場所には蛇の模様が浮かび上がり、骨片が移動すると蛇の胴が伸びるギミック付き。ムエタイ、恐るべしである。

得意のギャグを抑え目にしたのもマイナスとなり、キックボクシングブームは遥か昔の上、『K-1』ブレイクの前夜という時代も味方をせず、マモルが2人勝ち抜き、残り3人となった時点で無情の最終回を迎えてしまう。
マモルの最後のセリフは「戦いはこれからだ!!」。清々しいまでに打ち切りマンガのテンプレートであった。

トータルファイターK(カオ) (1993年) 全4巻


日本の領内にありながら地図にはない「喧嘩島」で、幻の格闘技「無敵喧嘩躰術(むてきけんかじゅつ)」を継承する16歳の少年・捕手(とりで)カオ。600の奥義をマスターし、「トータルファイター」となったカオは、世界一強い男になるため他流派と激闘を繰り広げる。

子供たちのためのマンガが描きたいとの思いから講談社のヤングマガジンを蹴って、同じく講談社の少年ジャンプよりも低学年向けの雑誌デラックス ボンボンに掲載されたとあって、ギャグも多めで下品さもアップ
何しろ、第1話で炸裂する必殺技「ノックアウトK(カオ)スープレックス」は脱糞し、ウンコをまき散らしながらという衝撃の展開。事あるごとにウンコとおならが飛び交う展開の上、残虐な描写もかなり多め。
体が縦に真っ二つに裂かれる、首チョンパ、体を雑巾絞りでねじり切るといったエグいスプラッタシーンも続々。「子供たちのためのマンガ」にオススメできそうもない。
『キン肉マン』作者・ゆでたまご 暗黒期の格闘マンガ3作品とは

主人公カオはキン肉マンそのもの。普段はドジでマヌケで超ビビリ。でも仲間のためには秘めた力も全開に。「窮鼠パワー」で逆転し、相手を倒すのである。
もちろん、これは「火事場のクソ力」と同じ。モヒカンにタラコ唇のルックスからして被せすぎなのだ。
また、『キン肉マン』の超人募集と同じく、今作では対戦キャラを募集し、本編に登場するシステムを流用している。各巻末で紹介されているが、そのレベルの低さは推して知るべし。
「採用作品の著作権およびテレビ・映画化権、商品化権などは講談社に帰属するものとします」の注意書きが虚しく響くのであった……。
採用されたライバル格闘家も人間離れしている者ばかりで、カオと対戦する敵の一部までもが明らかな「アシスタント絵」と、完全に『キン肉マン』の下位互換。
唐突に始まった「ケンカワールドカップ(超人オリンピック)」で、よりキン肉マン色を強めているが、『デラックスボンボン』の休刊に伴いあえなく連載終了。
「そして日本にトータルファイターKありということを 全世界に知らしめてやる!!」
見開きのラストシーンでカオが叫ぶが、この作品はよっぽどの『キン肉マン』ファンにさえも届いていないのであった…。

ライオンハート(1993年) 全5巻


獅子のような限りなき強さと限りなき優しさで、乱世に平和をもたらす伝説の「獅子魂者(ライオンハート)」20代目のマー・ライオンは、ライオンに育てられた少年シシと出会う。技も心も未熟ながらも継承者の証「獅子の紋章」を持つシシは、21代目のライオンハートとなるべく、共に修行の旅に出る。

実は少年ジャンプの増刊号の読み切りが原点となる拳法マンガ。だが、なかなか連載の機会に恵まれず、ジャンプの専属契約を切ってエニックス(現スクウェア・エニックス)の月刊少年ガンガンでの連載となった。(連載開始は『トータルファイターK』より若干遅い)
1994年には月刊少年エースで、とんでもグルメマンガ『グルマンくん』の連載も始まっており、連載2年目からは『トータルファイターK』と共に、月刊誌に3本の連載を抱えていたことになる。
『キン肉マン』作者・ゆでたまご 暗黒期の格闘マンガ3作品とは

シシは、ゆでたまご作品では珍しい「まともな人間的ルックス」の主人公。ぶっちゃけ、スーパーサイヤ人状態の悟空(by『ドラゴンボール』)的な顔である。
舞台が古の中国とあって、『闘将!!拉麺男(たたかえ!!ラーメンマン)』のような世界観となっており、物語の鍵を握る師匠、マー・ライオンはほぼラーメンマン。
『キン肉マン』『拉麺男』といった過去の看板作品からのアイデアの流用も多いが、ファンタジーRPGのような世界観はゆでたまご作品としては新機軸。掲載誌である月刊少年ガンガンの特性を意識していたようだったが、その作風は付け焼刃感が強かったことが否めない。
また、3本の同時連載がたたってか、この作品も「アシスタント絵」が占めることが多く、中盤以降の敵キャラのほとんどは本来の絵柄と馴染まない異質な絵となっているのがいただけない。
ラストシーンでは、21代目のライオンハートなったシシが、次の後継者となる少年と旅に出る描写となっているが、その少年までもが「アシスタント絵」。前述の2作品に比べ、綺麗にまとまって完結しただけに、このぶち壊し感は残念である……。

現在の『キン肉マン』新シリーズは「初代をしのぐ面白さ」と大評判。確かに、当時の忘れさられていた設定や伏線をうまく活かしたストーリーに、格段にレベルアップした絵が加わり、今が全盛期と呼べるほどだ。筆者も当時からの大ファンとして、毎週月曜の更新を楽しみに待つ一人である。
ゆでたまご作品の真骨頂と言えば、「ストーリーの整合性よりも勢い重視の面白さ」だと思うが、今回紹介した3作品はその勢いが暴走した感が否めない。
当時はこの「暴走」に悪酔いしたものだが、今はむしろ心地良ささえ感じるほどだ。それは筆者が、それだけディープな「ユデッキー(ゆでたまごファン)」になったと言うことだろうか?

ゆでたまご先生は『蹴撃手マモル』2巻の作者コメントで、ジャン=クロード・ヴァン・ダムといつか一緒に格闘技映画を作る約束をしたと語り、『ライオンハート』4巻では、香港の映画関係者から『ライオンハート』の映画製作の打診を受けていると語っている。が、今のところその予定はない模様。
先生!「ユデッキー」として、映画化いつまでも待ってますよ~!
(バーグマン田形)