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かつての新日本プロレスにも「レインメーカー」はいた! 現在のプロレスブームの源流・武藤敬司

この頃の新日本プロレスを人気面で牽引していたのは、まぎれもなく武藤敬司。当時のレインメーカー的役割を担っていた。

若手時代から別格だった武藤敬司


武藤が新日本プロレス入りしたのは、1984年。21歳というプロレスラー志願者にしては遅い入門であったが、これには理由がある。
高校卒業後に東北柔道専門学校へ進学した武藤は、持ち前の身体能力を発揮。国際強化選手に選ばれるまでの活躍を見せ、なんと晩年の木村政彦からも指導を受けているとのこと。専門学校卒業後は骨接ぎの仕事に就くが、プロレス界と親交のある先輩の後押しを受けて入門……という道筋を辿っているのだ。

当時、新日道場には若干15歳の船木優治(現・誠勝)も練習生として名を連ねており、大学中退後に入門した蝶野正洋と武藤の2人は飛び抜けて年長の部類。この環境のなかで延々繰り返される地味な練習に、いきなり武藤は音を上げてしまう。そして、コーチ役であった山本小鉄に「すいません、辞めますわ」と発言。
ふるいにかけ、残った者だけがデビューできるプロレスラー。去る者は追わずが当たり前な世界のはずだが、この時の山本は武藤の夜逃げを「もうちょっと頑張ってみろ」という言葉で制止。それほどの逸材であったということだ。

武藤敬司が目をかけられた要因


武藤が目をかけられた要因は、多々ある。まず、身長。武藤らより一世代上にあたる藤波辰爾(182cm)や長州力(183cm)に比べ、武藤(188cm)は頭一つ大きい。
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