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世間の反応が冷たかった竹原慎二の世界戦

世間の反応が冷たかった竹原慎二の世界戦
90年代、日本ではボクシング人気が起きており、辰吉丈一郎、畑山隆則などの世界王者が数々生まれた。そんな中で竹原慎二の世界戦は、世間から当時全く注目されていなかった。

ミドル級は一番層の厚い階級


ボクシングはヘビー級からミニマム級まで18もの階級があるが、世界で一番層が厚いのがミドル級である。この一番層が厚い階級は「日本人には挑戦すら無理」と言われている。
そのミドル級で世界戦が決まったのが、当時東洋太平洋王者だった竹原慎二だった。

竹原慎二の世界戦 世間の反応は冷たかった


ミドル級での世界挑戦が決まった時、竹原は「勝てるわけがない。不安で仕方なかった」と述懐していたが、世間はもっと冷たかった。それを裏付けるかのように、世界戦では当たり前のTVの生中継はなし。テレビ東京の深夜録画放送で関東ローカルのみという扱い。
会場も世界戦ならばアリーナ級の会場を使うところだが、後楽園ホールが会場。本人が「不安」と述べていた世界戦は、世間は注目せず、ボクシング関係者ですら勝てるわけないと思っていたよう。

世界王者に輝いた竹原慎二


竹原が挑戦したミドル級王者は、当時100戦以上戦って無敗のホルヘ・カストロ。竹原は圧倒的不利の予想の中、1995年12月19日に世界戦を迎える。

試合が始まると竹原は果敢に攻め込む。予想に反して、竹原が試合を終始リードし、判定で竹原の勝利。日本人は挑戦すら不可能と言われたミドル級で世界王者が誕生したのだった。

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