NHK 大河ドラマ「真田丸」(作:三谷幸喜/毎週日曜 総合テレビ午後8時 BSプレミアム 午後6時)
6月5日放送 第22回「裁定」 演出:土井祥平
三谷幸喜と堺雅人による最高の法廷劇「真田丸」22話

煽りに煽った沼田裁定


北条氏政(高嶋政伸)の上洛の条件である沼田城をめぐって、北条からは板部岡江雪斎(山西惇)、徳川からは本多正信(近藤正臣)、真田から信繁(堺雅人)が、秀吉(小日向文世)の前で議論する「沼田裁定」を、法廷劇として極上のエンターテインメントに仕立てた22回。
余裕綽々の様子でゆったりと上から目線で語る江雪斎・山西惇、ちょっと心逸りながら、必死に立ち向か信う繁・堺雅人。
言葉のあやをうまく操り、自分を優位にもっていこうと頭を働かせる。ふたりのトーンはまったく違うが、どちらも明晰に言葉を発して、話の流れや理屈がとてもわかりやすい。三谷幸喜の鮮やかな脚本を、堺と山西が的確に再現している。語られた言葉はここに簡単に書き写すのがもったいないほどすばらしいので、観てない人(いないと思うが)はオンデマンドで見てほしい。
おそらく、これを観た人は、十中八九、堺雅人が主演して人気を博した「リーガル・ハイ」(12年〜、13年〜の第2期は「・」のない「リーガルハイ」で表記しづらいんだよこのドラマ!)シリーズのパロディと思うだろう。真実の追求よりも勝つことだけを目的とする弁護士・古御門研介の鮮やかな弁舌(へ理屈?)を楽しむドラマ「リーガル・ハイ」は、法的劇の面白さを一般化し、堺雅人の人気も絶対的にした。

だが、楽しい法廷劇といえば、三谷幸喜のほうが先。「リーガル・ハイ」放送の前年11年に映画、幽霊を証人にして行う裁判という奇想天外な「ステキな金縛り」を公開している。もともと三谷は法廷劇が得意。陪審員による審理の様子を描く映画化もされた傑作舞台「12人の優しい日本人」(90年)、ドラマでは、とある村にやってきた俳優が弁護士に扮して村の問題と戦う「合い言葉は勇気」(00年フジテレビ)と名作を生み出してきた。
というわけで、「真田丸」は、法廷劇に関して定評のある作家と俳優が組んだドリームコンビによる贅沢なエピソードになったのだ。

さらに面白いのは、今回、堺と舌戦を繰りひろげた山西惇の存在。
彼は劇団そとばこまち出身なのだが、「リーガル・ハイ」で堺の最大のライバルを演じ、第一期の最終回で法廷バトルを繰り広げた生瀬勝久が、そとばこまちで座長をやっていた。山西は、生瀬の座長時代に主要団員として活躍していて、現在おなじ事務所に所属しているのだ。知性派俳優・堺を脅かせるのは、そとばこまち出身者ばかりなのは、京大を母体にした知性派、エリート集団のイメージがあるからであろうか(ただし生瀬は京大出身ではない)。映画、ドラマの敏腕プロデューサーにもそとば出身者は多く、そこはかとなく権威感が漂うのかもしれない。そこに東大ではなく早稲田の堺が己の存在意義をかけて歯向かっていく構造が見る者の血をたぎらせる。
堺の信繁は、これまで堺が演じて来たリーガルの古御門や、「半沢直樹」みたいに一人勝ち状態ではなく、丹田(出た!)呼吸法で頑張ろうとする青さも持ち合わせているし、本多正信(近藤正臣)の信繁への対応もぐっと来る仕掛けになっているので、対戦相手は、よけいに彼にとって脅威な存在でないといけないのだ。
とまあ、予告でも、有働由美子の力の入ったナレーションで、煽りに煽った「沼田裁定」だが、三谷幸喜がかっこいいのは、この大イベントをドラマのクライマックスにもってこないで前半24分で済ませてしまうことだ。
後半は、この裁定もすべて秀吉の掌の中にあるという冷酷さがじわじわと描かれる。ノリに乗ってる秀吉、逆にどんどん転がり落ちていく氏政。何が人の進む道の風景を変えてしまうのか、栄枯盛衰は、「沼田裁定」のようにほんの少しの視点の違いなのだと思わされる。

今、絶頂期の秀吉が、審議の場では飄々としている一方で、わずか3畳ほどの茶室で茶を飲んでる時の表情にはぞくりとするものがある。こういった構成を見ると、法廷劇の勝敗の醍醐味から三谷幸喜はするりと抜けて先にいっているのを感じる。
秀吉も脅威だが、三谷も脅威だ。
それでいて、片桐 且元(小林隆)や、佐助(藤井隆)を使ったちっちゃいギャグみたいなところも忘れない三谷。あ、どちらも隆だ。昌幸(草刈正雄)の名胡桃城を死守するためのでまかせも、ああ、それで胡桃をいつももってるのか、と危うく思ってしまうところだった。物語を描くために生まれてきた人っているんだなとしみじみ思う今年の大河ドラマである。
(木俣冬)
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