100年前の遠足は子供に「寿司」を持たせていた?

子供の幼稚園の遠足の準備をしたときに、昔の遠足はどんなものだったのだろう? と考えた。100年前の育児書「親のため子のため」(岸邊福男・著)から、当時の遠足の様子を想像してみよう。


着物で遠足……?


100年前の子供たちはどんな服装で遠足に行ったの?本は「歩き易い服装が最も大切」と語る。大正時代なら洋服あるよね? と思ったのも束の間。

「遠足に出るのに、袖の長い、沢山アゲをした着物を着せる人が多いので困ります」(225ページ)

……着物で遠足行ってたのか……。

着物をやめて洋服を着ましょう、という趣旨のことが書いてあるのかと思ったが、著者が言いたいのは「裾上げしまくった長~い着物を着せるのはやめましょう」ということだった。

「あれでは快活に遊ぶことができません」と言った上で、このように続ける。
「(裾上げは)なるべく少なくいたしませんと、単衣(ひとえ)のアゲでも六枚が膝の上に重なり、袷(あはせ)なら十二枚、綿入れなら十八枚、もしもそれを二枚着たら三十六枚(中略)子供はすぐに疲れます」(226ページ)

遠足に行くというのに、膝の上に三十六枚もの布が覆い被さっているなんて想像するだけでげんなりする。歩きにくいだろうし、暑かっただろう。

この時代の子供の服装について、東京都庭園美術館の学芸員、八巻香澄(やまきかすみ)さんにうかがった。

――大正時代の子供の洋服はまだ浸透していませんでしたか?

「地域差もあると思いますが、地方の子供はまだ着物が多かったでしょう。都市部の子供の洋装は浸透してきた頃です。」(八巻さん)

また、都市部で浸透とはいっても、洋服を老舗デパート三越などで購入していたのは裕福な家庭であり、ほとんどの家庭は洋服を手作りしていたそうだ。
100年前の遠足は子供に「寿司」を持たせていた?


履き物はもちろん……草履!


服装が着物であれば、履き物はやっぱり草履である。遠足における草履に関する注意書きは以下の通りだ。

「どこの親でも、遠足というと新しいのをはかせますが、新しい草履は滑って脱げたがるものですから、よくありません。(中略)中古の、足に馴れたものが一番ようございます」(227ページ)

何か特別な日に「新品をおろして子供に履かせて(着させて)あげたい」と思う親の気持ちは昔も今も変わらないものだなあと思う。

100年前の遠足は子供に「寿司」を持たせていた?


弁当を持っていく方法


遠足というと、楽しみなのはお弁当だ。当時の子供たちも同じだったらしい。

「子供は遠足に出るとお腹をすかして、お弁当を食べるのを楽しみにして待っております。その時、万一お弁当をなくしてしまうようなことがあると、非常に落胆してしまいます」(227ページ)

お弁当を失くすってどういうこと? お弁当はどうやって持っていくの? 

「お弁当を持たせてやる時には、袋に入れて首にかけてやるか帯に結びつけてやるのであります」(同)

首に下げるのはまだいいとしよう。帯に結びつけるって……子供が走り回ったら、ぶらんぶらん振り回されるんじゃないの? 失くすというよりも、落として中身が食べられなくなったり、ぐちゃぐちゃになったりしそうで不安だ。

子供向けの斜めがけのショルダーバッグとかリュックサックのような鞄はまだ大正時代にはなかったのだろうか。
先ほどの八巻さんはこう話してくれた。


「学校の制服・制鞄はあったかもしれませんが、洋服がまだまだ手作りだった時代、自宅で鞄を作るというのは難しく、鞄用の生地をあつらえるのも容易ではなかったのではないでしょうか。当時の手作り品の本を見ましても、鞄のレシピはありません」(八巻さん)

では、子供は鞄を背負うことはなかったのか。本にはこう書いてある。

「袋のない時には、大きな風呂敷に包んで、背中に背負わせればようございます」(228ページ)

そうか、風呂敷を背負うという方法があったか!
100年前の遠足は子供に「寿司」を持たせていた?


お弁当の中身はどんなもの?


お弁当については「色々な種類のものを入れよ」と書いてある。100年前のお弁当というと、筆者が想像するのは、玄米のおにぎり、煮物、焼き魚、漬物。きっとこんな感じに違いない! しかし、本書でオススメしているのは意外なものだった。


「おすし、お菓子、パンなど、子供の喜びそうなものを入れておきます」(229ページ)

ええー!? おにぎりではなく寿司。しかも、寿司にお菓子にパンって……。栄養的には種類豊富とは言えそうにないが、要は子供が好きなものばかり入れなさいということらしい。
さらに、お弁当と一緒に水筒も持っていくよう促している。

「東京市内は水道があるからようございますが、市外へ行くとそれがありませんから、不自由を感じます。その時、水筒の水を飲むのです」(同)

東京以外は水道がない。
時代差ショックではあるが、この頃は水道の整備がまだまだ行き届いていなかったのだろう。

100年前の遠足の様子が想像できただろうか。裾上げしまくった着物に草履、お弁当は首や帯から吊るすか、風呂敷を背負う。
いやはや、なんて歩きにくそうで不便そうなのだろうと思ってしまうが、当時の子供たちはこの格好をした時に「さあ、遠足だ!」と楽しみに出かけたに違いない。
100年前の遠足は子供に「寿司」を持たせていた?


遠足って、子供にとっては今も昔も楽しいもの。そして、その準備やお弁当に手をかける母たちの気持ちもまた、今も昔も「楽しんでほしい」という温かいものだったことは間違いない。


(河野友見 Kono Yumi)

参考文献:『親のため子のため』(実業乃日本社 岸邊福男・著)
※読みやすくするため、現代かなづかいに直して掲載しています。

東京都庭園美術館 http://www.teien-art-museum.ne.jp
 企画展示「こどもとファッション 小さい人たちへの眼差し」2016年7月16日~8月31日