1992年、「STOP MOTION」でデビューし、「マルちゃんHOT NOODLE」のCMに使われたセカンドシングル「DA・KA・RA」がミリオンヒットを記録すると、彼女の存在は一躍クローズアップされることになった。
ヒットナンバー連発も、姿を見せない大黒摩季
続く「チョット」、「別れましょう私から消えましょうあなたから」、「Harlem Night」、「あなただけを見つめている」と、短期間に発売したナンバーは例外なくヒット。テレビで、街角で、大黒の歌声を聞かない日はないほどの存在感を放つまでになった。
ところが、大黒はメジャーデビュー後しばらく、一切テレビ出演をせず(デビュー直前にフジテレビの「ミュージックフェア」に1度だけ出演している)、ライブ活動も一切しておらず、CDのジャケット写真こそあるものの、その人物像は全く謎であった。
その一方で、曲調といい特徴的なボーカルといい、極めて高い完成度に奇妙な噂が浮上した。「大黒摩季は5人いる」説だ。
コンピュータ合成音説まで飛び出す
歌っている声の主とジャケットに写っている顔は別人で、さらに作詞担当、作曲担当、ラジオなどのトーク担当と、それぞれ別人格がいて、その複合的名義として「大黒摩季」なるアーティストが成り立っている、というわけだ。更には、完璧すぎる歌声は実はコンピュータを使って創りだした音ではないかという珍妙な説までまことしやかに囁かれた。
いくらデジタル技術が勃興しつつあった90年代初頭とはいえ、昨今のボーカロイドをも上回る超技術などあるはずもないのだが。
もちろん、これらの噂は半分以上ネタとして扱われたのではあるが、わずかなりとも信じる気にさせられたのは、「大黒摩季」というまるでファンタジー小説に出てくるキャラクターのような神秘的な名前に起因しているかもしれない。
その後、最強の代表曲というべき「ら・ら・ら」や、NHKアトランタ五輪放送のテーマソングに採用された「熱くなれ」など、オリコンチャート・トップを獲得する大ヒット曲を次々に世に送り出した大黒。この間、地元北海道などの小さなイベントにサプライズ出演などはしていたが、5年もの間、ファンの前への露出は果たされなかった。
「本当に大黒さん?」とタモリ ついにテレビに出演した大黒摩季
そんな厚いベールの向こうにいた彼女が、ついに初のテレビ出演を果たしたのが1997年8月。レインボースクエア有明で行われたステージの様子がテレビ朝日「ミュージックステーション」で放送され、単独ライブと同時に全国のファンの前に本格的に現れた。司会のタモリが「本当に大黒さんですか?」と振ったのに対し大黒が「本当にタモリさんですか?」と返す場面も。
しかし、その姿は間違いなくジャケットに映る彼女と同一人物であり、「あなただけを見つめている」を力強く歌う声は生身の彼女にしか出せない唯一無二の美声にほかならなかった。
これを機に、大黒はライブツアーを積極的に開催。2003年に結婚。アテネ五輪ホッケー女子代表のサポートソング「ASAHI~SHINE & GROOVE~」やフジテレビの昼ドラ主題歌「胡蝶の夢」など新たな曲調にも挑戦。活動の幅を広げた。
大黒は2010年、子宮疾患治療のため無期限活動休止を宣言。しかし翌11年以降も、北海道の中学校の校歌づくりや古巣であるビーイング所属アーティストへの楽曲提供など、地道ながら地に足の着いた活動を継続している。
(足立謙二)
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