世界のコリアンタウンめぐりをライフワークのひとつとしている筆者は、タイのバンコクを旅行した際にも「コリアンタウン」と呼ばれるアソーク駅近くの商業ビル、スクンビットプラザを訪れた。
中庭のある6階建ての建物には、韓国からそのまま来たようなハングル看板の韓国料理店がずらりと並ぶ。
後にビル内にある在タイ韓人会に話を聞いたところ、ここがバンコク唯一のコリアンタウンであり、1990年代初頭から韓国人経営者が集まり始め、現在は30ほどの店舗が営業。韓国人に必要なものはなんでも揃い、バンコクに住もうとする韓国人がまず訪れるスポットとなっているとのこと。近年は韓国料理ブームでタイ人も多く足を運ぶそうだ。
コリアンタウンは上の階に行けば行くほど観光地的な要素は薄まり、旅行会社やコンサルティング会社、床屋など、在住韓国人のための地味な店ばかりとなる。私は日が暮れてから訪れたのだが、上階は行きかう人もほとんどおらず、通路は薄暗い。
一般人が立ち寄れる最上階であり(5、6階は住居)、最もディープな雰囲気が漂う4階に、その店「ブルースバー」はあった。重々しい木の扉の脇には、小さな立て看板があり「世界のお酒」と日本語で書かれている。1階の韓国料理屋にも日本語が掲示されているので、さして驚くことではないが、外観からはあまりに情報が少ない。
外からは全く中の様子が分からず、営業しているのかもよくわからない。怪しいバーだったらどうしようとも思ったが、一瞬中を見るだけならタダだろうと思い、勇気をもって引き戸をひいてみた。
すると間髪入れず、いかつい顔のわんこ(イングリッシュブルドッグ)がにょきっと登場。「店長、出ちゃダメ!」という日本人の声と共に、わんこは奥に引きずられていった。なんだこの状況? そしてなぜ日本語? 気になって入らざるを得ないではないか……。
店内は落ち着いた雰囲気で、日本のオーソドックスなバーという印象。カウンターでは日本人客が談笑しており、まさに日本そのものである。数十秒前までコリアンタウンにいたのが夢のようだ。
ダンディなマスターに「通りがかって寄ったんですけど……」と話しかけたところ、「そんなお客さん、初めてですよ」と言う。隣にいた常連のお客さんは、「この店は在住日本人が最後に足を踏み入れるところだからねえ」と笑う。
床でハフハフと動き回る店長(わんこ)に癒され、またマスターや常連さんにバンコクの暮らしやお勧めスポットなどを聞きながら、とても心地の良いバンコクの夜を過ごすことができた。
それにしても、なぜコリアンタウンで営業しているのだろう? マスターの前川さんに、その理由を改めて聞いてみた。
このお店がオープンしたのは、何と1997年。当時は森本さんという方がオーナーをしていたそう。
森本さんは、バンコクの中心地なのに家賃が安いという理由から、韓国人の店が増えつつあったスクンビットプラザ内の物件に決めたのだという。「国籍とか、韓国だからとか、全く気にしない人でした。バーのマスターって変わったところがあるじゃないですか。気に入らなければ来るなとお客さんと喧嘩するようなファンキーな人だったので、彼の個性にピンと来るものがあったんじゃないでしょうか」。
2012年に森本さんから相談を受け、2013年3月から前川さんがブルースバーを引き継いだ。「最初はうまくいかなかったですよ。コリアンタウンにあるし、お客さんにもなんでこんなところにあるのと言われ(笑)」。
お客さんはほぼ100%日本人。日本人がタイ人の友達を連れてくるパターンもあるが、バンコクに10年、20年と生活する在住日本人ばかりなのだそう。
「でも意外性があるのが気に入っています。この立地で、扉を開けたら昭和のスナック。インパクトがありますよね。別天地だとお客さんに喜んでもらえるのは嬉しいです」。
前川さんは「海外に住んでいる日本人が、ここに来たら落ち着くなあ、ほっとするなあという場所にしたい」と話すが、日本人の常連客たちがリラックスしている様子を見ると、その思いもすでに実現しているように思えた。
韓国在住の筆者は旅行を終え、ソウルで通常営業しているが、遠いバンコクにコリアンタウンがあり、そこにディープな日本人が集まる心地よい空間があることを(そしてわんこの店長がハフハフと歩き回っていることを)、とても良きことのように思い出している。近いうちに必ず再訪したい。
Blues bar
4th Floor, Sukhumvit Plaza 212/34 Sukhumvit Soi 12, Sukhumvit Rd, Klongtoey, Bangkok 10110 Thailand
(清水2000)