筒井康隆の初期の掌篇小説(いわゆる「ショートショート」)集『にぎやかな未来』の新装版(角川文庫Kindle)が出た。
今回のカヴァーイラストは片岡忠彦。

日本てんかん協会から抗議を受けた筒井康隆断筆宣言。解除から20年『にぎやかな未来』新装版が凄い

前の版では、確か山藤章二が表紙を描いていた。その前の表紙は杉村篤だったか。

もともと『にぎやかな未来』は、1968年に三一書房から刊行されたのが親本で、そこには1960年以降に発表された48篇の掌篇小説(書き下ろし新作含む)が収録されていた。
ところで同年、筒井さんは南北社から『幻想の未来 アフリカの血』という作品集も出している。
こちらが1971年に『幻想の未来』として角川書店(のちのKADOKAWA)から文庫化されるとき、三一書房版『にぎやかな未来』から7篇が加えられた。
日本てんかん協会から抗議を受けた筒井康隆断筆宣言。解除から20年『にぎやかな未来』新装版が凄い

翌72年に『にぎやかな未来』として同じ角川書店から文庫化された現行の版は、その7篇を除いた残り41篇を収録する版ということになる。


デビュー作「お助け」


「お助け」(1960)は筒井康隆のデビュー作だ。
宇宙飛行士になるための訓練で加速実験を受けている男が、なぜか周囲の物事の動きを遅く感じはじめる。
じつは事態は逆で、日常生活における彼の動きがどんどん早くなっているだけなのだった。
彼の前で、周囲の人々やものの動きはどんどん遅くなり、やがて世界はほとんど止まってしまう……。

ひとつの着想でシュールな結末までぐいぐい押していく作風が、早くもここに見られる。
この作品は、家族で出した同人誌《NULL》の創刊号に掲載したもの。これが江戸川乱歩に認められ、商業誌に転載されたのが筒井さんのメジャーデビューだ。


ヴァラエティあふれる作品群


ナンセンスなもの、皮肉なもの、コワイもの、叙情的なもの。収録作の作風は多彩だ。
とくに筒井さんらしいと感じられるものをいくつかご紹介したい。

「到着」(1961)はたった5行で書かれた、短詩のような超掌篇。しかし作品のスケールは空間のうえで全宇宙を包含し、時間のうえでもビッグバン以降の全時間を含んでしまっている。ここに全文を引用するのも可能だがやめておきます。

「腸はどこへいった」(1968)は、食べても食べてもうんこが出なくなってしまった男子高校生の話。
落語のようなオチがきいている。

サスペンス小説が途中で家庭料理のレシピになってしまう書き下ろし作品「亭主調理法」(1968)。筒井作品は実験的でメタフィクショナルではあっても、必ず遊び心から発している。

ノーベル物理学賞受賞の博士がパチンコ屋にあらわれ、パチンコ台の穴と穴との距離、釘の感覚と角度、台の総面積、パチンコ台の穴の幅や傾斜、玉の重さと直径と表面積、密度と体膨張率、体積、気流と気圧、玉を弾くバネの強さと振動の波、店内の明るさ、店の湿度、騒音の平均値を測定する──。
「パチンコ必勝原理」(1962)の突き放したトホホ感はいかにも筒井さんらしい。

断筆宣言のもととなった「無人警察」


「無人警察」(1965)は発表後28年たった1993年に、角川書店の高等学校現代国語教科書に採用された。

警察の仕事までロボットが担当するようになった未来を描いた小説だが、作品中に言及された癲癇の記述が差別的であるとして日本てんかん協会から抗議された。

てんかん協会との交渉ののち、作者は断筆を宣言。以後、3年以上にわたって新たな文章の発表を見ることがなかった。
今年は筒井康隆断筆解除20周年にあたる。
日本てんかん協会から抗議を受けた筒井康隆断筆宣言。解除から20年『にぎやかな未来』新装版が凄い

思わぬことから「差別vs.表現の自由」の方面で話題になってしまったが、作品のメインはあくまで警察業務の無人化。
生活のさまざまな局面に箇所に人工知能が実装されて僕のようなライターも仕事を失うのではないかと言われている昨今、改めて読み直してみるとまた新しい説得力があった。


なお、本書には当時の米国の公民権運動に触発された「差別」(1962)という題の作品も収録されているので、併せて読まれたい。
(千野帽子)