聖徳太子、源頼朝、足利尊氏……。中高で日本史を勉強したことがある人ならば、思い浮かべられるであろう、これら偉人たちの肖像画。

しかし近年、本人だと思われていた彼らの絵が、実は別人ではないか? という議論が盛んにされているといいます。
つまり、どこの誰だか分からないおっさんの絵を歴史の教科書に載せていた可能性があるわけです。特に聖徳太子などは紙幣となったにも関わらず、「偽者」だったかも知れないなんて……。
本稿で紹介する「旧石器捏造事件」はまさに、そんな歴史学のある意味、曖昧である点を実感する出来事でした。

考古学界のスターが起こした前代未聞の騒動


事が発覚したのは、2000年11月15日。毎日新聞の朝刊一面に、衝撃的な見出しと写真が掲載されます。「旧石器発掘ねつ造」。写真は三枚つづりになっており、犯人が石器を穴に入れる⇒埋める⇒足で踏み固める、という一連の動作が実に生々しく写し出されていました。
犯行に及んだ人物は、民間研究団体「東北旧石器文化研究所」の藤村新一副理事長(当時50歳)。数々の歴史的発見を成し遂げた実績から「ゴッドハンド」の名を欲しいままにした考古学界のスターでした。

長らく疑惑を追求できなかった理由


もともと、彼には“黒い噂”が囁かれていました。あまりにも発掘効率が良いことと、歴史的大発見を連発することがその一因でしたが、「さすがに捏造はしないだろう」という共通認識から、長らく黙殺されてきたといいます。
加えて、遺跡・遺物の発見というのは、地域の住民にとっては貴重な町おこしの材料。また、国にとっては重要な文化遺産が増えるという理由から、双方より熱烈に賞賛・歓迎されるものです。
それ故、細かい違和感に気付いていても、容易に指摘できるような状況ではなかったとも、後に関係者の口から語られています。

毎日新聞の記者が張り込んでいるとも知らずに…


しかし、多くの完全犯罪が未遂で終わるように、神の手を持つと称された男の嘘も白日の下に晒されることとなります。
スクープ記事が掲載される2週間前の10月22日早朝、上高森遺跡に一人でやってきた藤村。周囲に誰もいないことを確認すると穴を掘り、おもむろに持参した石器を埋め始めます。その様子を「待ってました」とばかりに撮影するのは、毎日新聞の記者たち。発掘現場における藤村の動きを不振に感じた人からのタレこみを受け、取材チームを結成し、張り込みを行っていたのです。

日本史から「前期・中期旧石器時代」が丸々消える


動かぬ証拠を突きつけられ、あえなく考古学界から追放となった藤村でしたが、真に大変だったのはこの後。当初は「上高森遺跡と総進不動坂遺跡でしか、石器の捏造を行っていない」と供述していたものの、再点検が行われた結果、彼の発掘したほぼ全ての石が自作自演だと判明したのです。
これによって、日本史から「前期・中期旧石器時代」が完全に消滅。歴史の教科書も再編纂を余儀なくされ、関係する研究者たちが頭を抱えたのは言うまでもありません。

犯人・藤村の顛末はというと、実刑こそ免れましたが、世間から激しいバッシングに晒され、解離性同一性障害を発症。絶え間ない精神的苦痛から、右人差し指・中指を自ら切断し、今では事件の記憶を全てなくしてしまったといいます。

たった一人の出来心が、教科書の内容すらも変えてしまう……。
もしかしたら、私たちが今当たり前のように信じているある歴史的事実も、後世に生きる誰かの利害・策略により、恣意的に歪められているものなのかも知れません。
(こじへい)

※イメージ画像はamazonより旧石器遺跡捏造事件
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