時は2002年3月。
巨人のスーパースター長嶋茂雄の息子が、ライバルチーム阪神のユニフォームを着て投手を演じ、主題歌はウルフルズの『バカだから』という出来すぎた設定。今回は「本当に長嶋一茂は阪神の救世主になれたのか?」を検証してみよう。
覆面ピッチャーの「ミスタールーキー」
最初に断っておくと、「ミスタールーキー」とはカズシゲが劇中で演じる覆面ピッチャーの選手登録名である。大原幸嗣(長嶋一茂)は普段はビール会社に務めるサラリーマン、周囲に正体がバレたらマズいので、タイガーマスク風の虎の覆面を被ってマウンドに立つわけだ。まさにパートタイムピッチャー。甲子園限定の抑え投手として活躍するが、妻の優子(鶴田真由)や1人息子の良にも、その正体はひた隠しにして投げ続ける。
中年男が一度は諦めた夢。高校時代に肩を壊していた大原だったが、30歳を過ぎて草野球をしていた時に謎の中国人整体師に偶然出会い運命が変わった。「治すことそんなに難しくないよ。そして私、ゴッドスペシャルなクスリ持ってる」と怪しげなブツを取り出し、「これ塗ると細胞元気になる。3カ月であなたの肩元通りになる」とよく分からないマッサージと塗り薬で劇的に回復。
そして阪神タイガースの入団テストにあっさり合格。まあ普通の会社員にしては異様に立派な体格をしたカズシゲと同じく、ここら辺の設定も細かく突っ込むのは野暮だろう。
最大のライバルを演じた駒田
阪神タイガースのライバルチームは、もちろんヘルメットにG、ユニフォーム胸ロゴは「TOKYO」のジャイアンツ……じゃなくて大人の事情で東京ガリバーズ。ガリバーズの4番は前年までタイガースに所属していたが、FA宣言をして自らガリバーズへ移籍した武藤秀吾。
なんとこの武藤を演ずるのは、巨人と横浜で通算2000安打を放った駒田徳広だ。高校時代、大原からホームランを放ちながら、唯一の三振を喫した男。あれから十数年、再びミスタールーキーを打ち崩そうと燃える最大のライバルとして立ちはだかる。
時代を感じさせるキャスティングも
阪神の瀬川監督(橋爪功)は、正体不明の覆面投手の活躍に盛り上がる関西マスコミに正体を聞かれても、野村克也風に「実物見たらファンもがっかりするで。あんたのお乳と同じや。寄せて上げて男騙して」と思いっきりセクハラトークをかましながらも、のらりくらりとボケ通す。
それでも必死に食い下がるワイドショーのリポーター役には、さとう珠緒という時代を感じさせるキャスティングである。
そんな中、大原が務めるビール会社では、ネクタイも靴下も黄色でコーディネートする熱烈な阪神ファンの古賀部長(竹中直人)を中心に新商品「ルーキービール」が企画される。もちろんCMにはミスタールーキー本人を起用したい。って言うか「それ覆面被った俺だし」なんて困る大原だったが、東京ガリバーズファンの江川常務から「阪神が優勝でもしない限り売れっこないし。
旦那の二重生活に気づいた妻の一言
だが、現実は厳しい。あまりにハードなプロ野球選手とサラリーマンの二重生活を愚痴ると、瀬川監督に激怒され「仕方なく引き受けた? おまえもう明日から来るな」と登録抹消されてしまうミスタールーキー。突然2軍落ちして、いつもより早めに帰宅するようになる大原に妻は旦那の二重生活に気付く。
そして、鶴田真由は可愛い顔して、こう毒を吐くのだ。「こきつかわれてるサラリーマンと、あろうことかプロ野球選手よ。監督は阪神が勝てばそれでいいの。あなたなんて使い捨てよ。会社だってそう」
出た、すべての男は消耗品である説。それを言ったらお終いだ。こうして観客の男を全員ヘコましたところで、映画はクライマックスへと進んでいく。
サービスカットも こだわりの野球シーン
一見、覆面投手の活躍という無茶苦茶なストーリーだが、肝心の野球シーンは気合いを入れて撮影しているのが伝わってくる。
甲子園の試合は01年10月から11月までの約3週間で撮影。一般公募のエキストラは計3万人以上。阪神入団前の能見篤史がいた大阪ガス、NTT西日本、三菱自動車京都の野球部が全面協力して、阪神選手会長の桧山進次郎、八木裕、矢野輝弘、藪恵壹ら現役選手も参加。エキストラに交じってスタンドには当時の大阪府知事・太田房江の姿も確認できる。
さらに解説席にはOBのムッシュ吉田義男や田淵幸一を座らせ、試合では代打バースも登場と阪神ファンには嬉しいサービスカットも。
ストーリーのリアルさよりも、甲子園のリアルさを追究したと言っても過言ではない、ガチすぎるこだわり具合だ。まさに映画ファンではなく、阪神ファンに向けて作られた作品と言えるだろう。大阪にとって阪神タイガースはサッカーW杯より偉大である。ベッカムより、ミスタールーキー。虎の救世主は長嶋一茂。
ちなみにこの映画が公開された翌03年、星野仙一監督率いる阪神は、本当に18年ぶりのリーグ優勝を果たすことになる。
『ミスター・ルーキー』
公開日02年3月23日
監督:井坂聡 出演:長嶋一茂、鶴田真由、橋爪功、竹中直人
キネマ懺悔ポイント:26点(100点満点)
ミスタールーキーのシーズン最終成績は1勝1敗26セーブ。長嶋一茂は本作で第26回日本アカデミー賞の新人俳優賞を受賞するホームランをかっ飛ばしている。
(死亡遊戯)
※イメージ画像はamazonよりミスター・ルーキー [DVD]