2016年の将棋界は、コンピューター将棋が話題の中心となった。2017年の将棋界も、コンピューター将棋が世間をゆるがすことになるかもしれない。


そんな情勢を予見した作品がある。1月6日発売の、「永遠の一手 2030年、コンピューター将棋に挑む」(上下巻)だ。原作は「栄光なき天才たち」の伊藤智義。作画は「ショー☆バン」の松島幸太朗。週刊少年チャンピオンの2016年28号から40号まで連載された(その後、特別編が同年50号、51号に掲載された)。
コンピューターの方が強い時代の将棋はどうなる『永遠の一手』
『永遠の一手 2030年、コンピューター将棋に挑む(上)』(秋田書店 原作:伊藤智義 漫画:松島幸太朗)
名人がコンピューターに敗れる「将棋界が崩壊した日」から始まった、「人+ソフト」の新時代の将棋を描く

将棋界が崩壊した日


物語は2020年「将棋界崩壊の日」から始まる。
年間無敗でタイトルを総なめにした、史上最強と称される羽内名人がコンピューターソフト「彗星」と対局。
敗れてしまう。失意の名人は引退し、失踪。

棋士達は強くなるためにコンピューターの支援が不可欠となる。と同時に人間では理解できない手をソフトが指すようになり、解説がで成立しなくなって、権威墜。人気が急落。タイトル戦が全て廃止されてしまう。


ピンチに陥った将棋連盟は、いくつかのコンピューター棋戦ルールを定める。「コンピュータ同士の対局は禁止」「将棋ソフトが契約を結べるプロ棋士は1名とすること」「プロ棋士は支援を受けている将棋ソフトを明示すること」などだ。

つまり、棋士とソフト会社のチーム戦に移行したのだ。自動車レースでいうと、棋士がドライバーとなり、ソフト会社がメカニックを担当し、チームで最高位「名人」を目指すというもの。「人vsソフト」の時代から、「人+ソフト」の時代へと大改革を行ったのだ。

そうして開かれた新しい名人戦。
だが意外にも勝ち進んでいったのは、一切コンピューターの支援を受けていない増山一郎七段だった……
コンピューターの方が強い時代の将棋はどうなる『永遠の一手』
『永遠の一手 2030年、コンピューター将棋に挑む(下)』(秋田書店 原作:伊藤智義 漫画:松島幸太朗)
ソフトの支援を受けずに棋界に君臨する増山名人。そこに、娘の翔子が開発したソフトの支援を受けた、最強の挑戦者が挑む

現実との一致度


面白いのは、現実と即している、もしくは現実の方が上回っている点が多々あることだ。

作中では、増山の娘にして天才プログラマーの翔子が作ったソフト「彗星2030」が、チームを組んだ棋士を破壊してしまうシーンが出てくる。あまりにも高度な手を棋士が咀嚼できず、ただ覚えるだけになってしまい、混乱状態に陥ってしまったのだ。

これは、現実の将棋でも見られる。電王戦などでのコンピューターの指し手を、プロ棋士側が「これは悪手では」と話していたが、しばらく経つと効力を発揮する好手だがわかったとことが何回かある。囲碁では、昨年行われたAlphaGOとイ・セドル九段の対局において、トップ棋士達が疑問手に感じていた手が好手だったということが何度となくあった。


どちらも、人間側よりもコンピューター側の方が深くゲームを読んでいた、もしくは理解していたことから起きている。最善手を提示されても、その手の意図がわからなければ、自分の実力にはならないのだ。

そういった例が顕著だったのは、2013年と2014年に行われた「電王戦タッグマッチ」の、特に最初に行われた2013年のものではないだろうか。プロ棋士とソフトがタッグを組み、棋士はいくらでも対局中にパートナーのソフトに手を聞くことができる。そういう条件での一発勝負のトーナメントで戦う非公式戦。後の感想などを聞くと、どう指せばいいか迷ったときにコンピューターに頼ると、意図やその後の構想がわからないまま指すことになり、抜け出せなくなってしまったというタッグもいた。
まさに、コンピューターの手の意図がわからなければ、指しても意味がないということだろう。

ちなみにその2013年で優勝したのは佐藤慎一四段&Ponanzaタッグ。佐藤慎一四段はPonanza側に提示された手をそのまま指すのではなく、自分が主体で指そうと思う手が不利にならないかをソフトで確認するという使い方で優勝した。バックにいくら強いソフトがあっても、意図や構想は、あくまで主体となる棋士の側にあってこそということを強く印象づけた戦いだった。

「永遠の一手」を読むと、コンピューターがいくら人間を上回っても、人間と人間との対局には価値があること。コンピューターに支援を受けても、本当に棋力が向上するのかということを考えさせられる。


今や、チェス、将棋だけではなく、人類最後の砦といわれた囲碁でもコンピューターの方が強い時代だ。その時代にあって、これらのゲームがきちんとした興業として成り立つにはどうすればいいのか。一つの解を示してくれている作品だ。

2017年春に開催される「第二期 電王戦」。ここでとうとう、棋界最高峰である「名人」がコンピューターソフトと対局する。人間側の代表は、佐藤天彦叡王(名人)。コンピューター側は、今までプロ棋士に公の場では負けたことがないPonanza。そう、作中では2020年に行われる「名人vsソフト」が今年には実現するのだ。

果たして、本当に将棋界崩壊の日となるのか。もしなったとして、その後の復興は成るのか。本書を読みながら、電王戦を心待ちにしたい。

永遠の一手 2030年、コンピューター将棋に挑む(上) (Kindle版)
永遠の一手 2030年、コンピューター将棋に挑む(下) (Kindle版)
(杉村 啓)