ニュース番組などでよく耳にする「風評被害」という言葉。近年においては、東日本大震災を発端とする原発事故報道の際、頻繁に使われていたのを覚えている方も多いことでしょう。
根も葉もない噂によって、罪もない人たちが被害を被ることを指すこの頻出ワード。広く一般的に知られるようになったのは、1999年2月に放送された『ニュースステーション』からでした。

「所沢の方には迷惑かけた」
今から3年ほど前、爆笑問題のラジオにゲスト出演した久米宏は、かつて自分が司会を務めた番組の不祥事を振り返り、こう語りました。

久米さんが申し訳なく想い続けるのも無理はありません。多くのニュースキャスターがそうであるように、彼の立ち位置も、「民衆の味方」そのもの。取材で知り合った森永ヒ素ミルク中毒事件の被害者で脳性麻痺の男性と、長らく私的に交流を育んだりするなど、社会から虐げられた弱き人々の気持ちに寄り添おうする紳士でもありました。
そんな久米さん司会の番組が、結果として罪なき人々を苦しめてしまったのですから、贖罪の気持ちを持ち続けているのも、むべなるかなというものでしょう。

「埼玉県産の農作物に高濃度のダイオキシンが含まれている」


1999年2月1日。「汚染地の苦悩 農作物は安全か?」と題した特集で、民間の環境測定コンサルティング企業『株式会社環境総合研究所』が独自に測定したデータに基づき、「所沢市のホウレンソウをメインとする野菜から、高濃度のダイオキシンが検出された」と報道。同社社長がコメンテーターとしてスタジオに登場し、久米さんと対談して大きな反響を呼んだのです。

実はきわめて低い濃度と判明……番組内で久米宏が謝罪


この報道によって、埼玉県産のホウレンソウをはじめとする農作物が、半値以下になるという被害が発生。そこですぐさまJA所沢(現:JAいるま野)が、地元産の野菜を検査した結果を発表したところ、ダイオキシン濃度はきわめて低かったことが判明します。
また、埼玉県の調査によって、高濃度のダイオキシンを含んでいたのは煎茶だということも分かり、「ホウレンソウをメインとする野菜」という報道とは、明らかな矛盾があることも明らかに。

これを受けて、時の農林水産大臣だった故・中川昭一は、テレビ朝日報道局長宛に調査の実施を依頼。
かくしてテレ朝は、不手際があったことを認め、2月13日の『ニュースステーション』内で、久米さんが農家へ謝罪するに至ったのです。

小渕恵三首相(当時)が安全宣言をするも…


しかし、騒動はこれで終わりません。一度ついてしまった埼玉県産の野菜へのネガティブなイメージは、容易に払拭できるはずもなく、埼玉県内並びに首都圏の食品スーパー・百貨店では、取り扱いに慎重なままでした。
そんな世間の風評を見かねて、当時の首相・小渕恵三が、所沢産の野菜をカメラの前で食べるという、BSE問題のときに牛肉料理を食べた森喜朗首相(当時)、原発の風評被害抑止のため、福島県産の野菜を食べた安倍首相と同様の、“毒見パフォーマンス”を披露します。

和解金1千万円を支払ったテレ朝


けれども、農家側の怒りは収まらず、同年9月には原告団を結成し、全国朝日放送と環境総合研究所に対して民事訴訟を起こします。この裁判は約5年間に渡って争われ、最終的には2004年6月16日に和解が成立。テレビ朝日が農家側に謝罪して和解金1000万円を支払うことで、決着に至りました。

この『ニュースステーション』での報道以降、一般にも定着したとされる「風評被害」という言葉。国民の「食の安全」を守ることは、メディアが果たすべき役割の一つですが、その食品に関するニュースが生産する農家の方々の生活にも影響を及ぼす可能性があることを十分に踏まえた上で、入念な調査に基づく慎重な報道を目指してもらいたいものです。
(こじへい)
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