総合格闘技に受け継がれる“U”の遺伝子
UWFとはユニバーサル・レスリング・フェデレーション、1984年に旗揚げして以来、一世を風靡したプロレス団体だ。入場式に使われたUWF公式テーマは、田村潔司VSヘンゾ・グレイシー戦などの大一番にも流され、ファン達は感情を爆発させる。「Uの遺伝子を継ぐもの」というその曲の通称は、「今あるプロレスや総合格闘技はすべて‘’U‘’の影響下にある」という強烈な自負を孕んだものだ。

そんな伝説の団体をテーマとしたのは、『1976年のアントニオ猪木』などの名著を送り出してきた柳澤健だ。マットに寝転がって超低空の「アリキック」を仕掛けるしかなかった猪木・モハメッドアリ戦を、そこに至るまでのルールや「シナリオ」をめぐるやり取りを含めて描き出したドキュメンタリーの手法は、最新作『1984年のUWF』でも健在だ。
ただし、今回は前著のような「新事実」はほとんどない。真剣勝負と思われていたUWFでも試合前から勝ち負けが決まっていたこと。そして前田日明とジェラルド・ゴルドー戦で、前田がハイキックをキャッチしてアキレス腱固めで勝利……の前に全くゴルドーの打撃に対応できてなかった裏事情もチラホラ聞こえてきたし、知らなくても今の目で見ればなんとなく察しがつく。
それは我々が「総合格闘技が当たり前になった時代」にいるからだ。総合格闘技のルールを整備し、何より「真剣勝負」の面白さが世の中に受け入れられる下地を作った存在を振り返ってるという意味で、本書はUWFの価値を貶めるものじゃない。
初代タイガーマスクにして夢の総合格闘家・佐山聡
初代タイガーマスク=佐山聡。この本の主役の一人であり、1981年にマスクを被って蔵前国技館のリングに上がるや、日本どころか海外まで熱狂の渦に叩き込んだ稀代のプロレスラー。そして打投極ーー打撃と投げる、関節を極める組み技を融合させたシューティング(後の修斗)の創始者だ。
いきなり場外からコーナーポストの上に飛び上がるデタラメな身体能力、組まずに打撃から始まる戦い、空中殺法でリング空間をフルに使った四次元殺法。プロレスの天才だとは分かっていたし、総合格闘技をいち早く考えていたことも知っていたが、18歳から「打投極」を大書して自分の部屋に貼っていたとは!
日本のプロレス団体には厳然とした年功序列が存在するが、佐山は抜群の集客力と会社への高い貢献度によっていともたやすく打ち破り、アントニオ猪木よりも人気あるエースとして君臨した。会社の台所事情のしわ寄せもエース級で、猪木がバイオ燃料事業アントンハイセルに新日本プロレスの経営を圧迫したときもギャラを削られ、全盛期なのに突如として引退。
その後、若くしてタイガージムを設立し、第一次UWFに参加。そもそもUWFの始まりは、新日に居づらくなった猪木の受け皿として……とは有名な話で、元々は団体としての理念は何もなかった。そこに、まだ世界のどこにもなかった「総合格闘技」の概念を持ち込んだのが佐山だった。「四次元殺法のタイガーマスク」が、わずか3年後には夢の総合格闘家スーパー・タイガーという新たなキャラクターを纏っていたのだ。
佐山は「格闘技色の強いプロレス」を戦い、シューティングをやりたくなった若者を集めて育て、いずれメインイベンターとして……と構想したと著者は言う。
「プロレスラーとしての才能はずっと(前田日明より)上」と証言者の口を借りて何度も激賞される佐山だが、いかんせん天才すぎるし若くして成功しすぎていた。だからUWFのレスラーやフロントは「道場でともに汗を流し、一緒にちゃんこを食う前田を愛した」とされているが、後に修斗での佐山のシゴキ(テレビ番組だったので演出が入ってるかもだが)を見るとそれだけではないような……。
ともあれ、「天才レスラー」と「総合格闘技の創始者」、2つの輝く‘’マスク‘’をかぶった佐山の奮闘は、今も色褪せることはない。
前田日明への愛が試される一冊
もう一人の主役は前田日明。UWFの象徴であり「格闘王」だ。大きな身体でカッコいい顔立ち、怖い雰囲気もあるが人情にも篤く、総合格闘技団体リングスも成功に導いた人物だ。個人的には大好きな存在だが、本書で挙げられてるエビソードとその評価には「ですよね」といちいち頷くしかない。
アクティブな天才だった佐山に対して、前田の前半生は大きな状況の中であがくパッシブな印象を受ける。先に送り込まれた第一次UWFが猪木が来なくてハシゴを外され、逆風の中での旗揚げ興行。新日本のリングに一時帰還すれば、外人選手にもケガさせる「壊し屋」だからと世界の大巨人アンドレ・ザ・ジャイアントとのセメントマッチ(潰し合い)を仕掛けられる。そんな一戦や藤波辰爾との死闘が、逆に若者に「格闘王」の称号を送ってしまった。
そうした流れに身を任せた前田に対して、本書の切込みは実に容赦がない。流れるように次々と関節技を繰り出す藤原喜明に比べれば前田の関節は未熟、藤原が「速すぎて見えない!」と驚愕した佐山聡のキックに比べれば……といった感想を前田自身の発言で裏付けるセメントっぷりだ。
ここに記されている出来事は、客観的には真実ばかり。だからこそ、前田ファンにとっては乗り越えるべき試練だ。すでに力を失いつあった猪木に代わるシンボル・前田がいなければプロレス人気は盛り下がっていたはず。そして新日から解雇された後に立ち上げた新生UWFでのシューティング・ルールもレガースも、全て佐山を模倣したもの…というのは反論しにくいが、既存の「怪我させない」プロレスに幻滅しきっていたファンがどれだけ救われたことか。デカくてカッコよくて怖い理想のプロレスラーが最後まで演じきった(練習不足は腹に現れていたけど)、それで十分に「真剣」じゃないか!
本書を手に取る人は‘’U‘’という文字に様々な想いが胸に去来する人たちだろう。資料と証言を駆使したストーリーに対して「それはそうだけど、別の見方がある!」と著者の思想と取っ組み合う。
(多根清史)