我が国において、見る者に「完全降伏の意志」を明確に伝える説得力があります。
しかし、今回のケースはこうしたメディア向けのパフォーマンスではありません。両手をついて謝罪したのは、誰あろう、大物俳優兼石原プロを束ねる企業経営者・渡哲也。
彼が実行したとされる土下座は、あらゆるリーダーが模範とすべき、誠意溢れる見事なものでした。
1話あたり1億円で制作予定だった『西部警察2003』
事件は、連続ドラマ『西部警察2003』の撮影中に起こりました。
このドラマは言わずと知れた、石原プロ黄金期の代表作『西部警察』19年ぶりの新作。“21世紀の裕次郎”こと徳重聡を主演に据え、同時に舘ひろしや神田正輝、そして渡哲也という往年の主要キャストも起用した同作は、石原プロが新時代に突入したことを世間に示す、重要なプロジェクトとなるはずでした。
そのため、石原プロ側の気合の入れようは凄まじく、1話当たりの制作費は、連続ドラマとしては異例の1億円(全10話放送予定)。
「2回に1回くらいは爆発シーンを入れる」という公約を果たさんと、撮影スタート時から早速、名古屋の栄でビルを華々しく爆発させていましたが、その直後となる翌日の撮影で悲劇は起きてしまいます。
撮影中の運転ミス……男女5人が重軽傷の事故に
2003年8月12日。この日、栄市港区の「スーパーオートバックス名古屋ベイ店」の駐車場内において、見物人約500人が見守る中、撮影が行われました。
中国人密輸組織の構成員を追い詰める刑事・松山高之役の池田努が、イギリス製のスポーツカー・TVRタスカンを運転しているときのこと。走行中、ハンドルを切り過ぎたために、駐車車両に激突しかけた池田はあわてて逆ハンドルを切ります。
その際に見物客の方に衝突し、男女5人に重軽傷を負わせてしまうのです。
事故翌日に制作中止を発表した渡哲也
この事故に対する石原プロの対応は、とてもスピーディーなものでした。翌日13日には早速、名古屋市内で会見をセッティング。石原プロの代表としてマイクを手にした渡社長は、予定していた10月からの放送の中止を発表しました。
これに先立って、渡と池田は名古屋市内の病院に入院する被害者を一人ひとり見舞い、ベッドの横に立ち、土下座して詫びたとのこと。
言うまでもなく、見物人の多くは西部警察及び石原軍団のファン。けが人の一人で、右下腿部を骨折した48歳の女性も渡ファンであり、「この事故が原因で、制作を中止するようなことはしないでください」と懇願されたといいます。それでも、渡の意志は揺るがず。
「『西部警察』はファンがあってのもの。そのファンにけがをさせてしまったのだから、中止以外には考えられないことです。そういう言葉はうれしいことですが、こういう結論にさせていただいた」
上記のようにコメントし、こうして、総額10億円の巨大プロジェクトは未完のまま、お蔵入りとなったのです。
誠意ある対応が2時間特番の放送に繋がる
けれども、こうした渡の迅速な対応は、世間から概ね高く評価されました。結果として、2004年10月31日、けがもすっかり回復した被害者から了解を得たことを機に、問題のロケシーンを含まない2時間のスペシャルドラマ『西部警察 SPECIAL』を放送。
これは『西部警察2003』開始前に放送する予定だった特番を再編集したものであり、DVD化された際は約30万枚のヒットを記録しました。
こうして、石原プロが社運をかけたであろうプロジェクトは、不完全なかたちではあるものの、なんとか日の目を見たというわけです。その裏には、渡社長の経営者としての判断力とパフォーマンスではない誠意ある土下座があったことを、記憶にとどめておくべきでしょう。
(こじへい)
※イメージ画像はamazonより西部警察 PART1セレクション 大門BOX 2 [DVD]