テレビCMを打つのは基本的に大企業である。ゆえに、イメージダウンを招く恐れのあるクレームには滅法弱い。
抗議の声が上がれば、即中止がセオリーだ。

出演者の不祥事、誤解を招く表現などなど、様々な要因から放送直後にお蔵入りしたCMも少なくない。
90年代前半はどんなCMが「封印」されてしまっただろうか……?

1990年 キリンビール『キリンラガービール』


前年に看板商品である『キリンビール』が『キリンラガービール』に名称変更。その売り出しに際して、キリンは5億円もの予算を掛けた一大プロジェクトを提案。『ラ党の人々』と題し、1年間のシリーズ化を計画する。
つかこうへい演出、勝新太郎主演。松坂慶子、富田靖子、国広富之ら豪華キャストが脇を固めるドラマ仕立てのCMとなっていた。

しかし、あの有名な「パンツ事件」がすべてを台無しにしてしまう。そう、勝新太郎が大麻とコカインが入った小さな袋を下着の中に隠し持っていた容疑で、ハワイのホノルル空港で逮捕されてしまったのだ。
あまりにバッドタイミング。放送開始翌日には早くもお蔵入りとなってしまうのであった……。

懲役2年6ヶ月、執行猶予4年の有罪判決を受けた勝のコメントはもはや伝説である。
「今後はパンツをはかないようにする」
公の場での謝罪は聞かれなかったが、キリンには謝ったのだろうか?

1991年 エーザイ『チョコラBB』


桃井かおりのセリフ「世の中、バカが多くて疲れません?」にクレームが付いてしまった。桃井独特の気だるい物言いに、上から目線を感じてしまった視聴者は少なくなかったようだ。


このコピーを生み出したのは「コピーライターの神様」と称される仲畑貴志氏。「ココロも満タンに、コスモ石油」「目のつけどころが、シャープでしょ。」など、誰もが一度は目にしたことのある名キャッチコピー揃いである。

クレームを付けること自体、「バカ」を認めた気がしないでもないが、これらのクレームに対して、仲畑氏は「世の中お利口が多くて疲れません?」に変更して応戦。皮肉の効いた返しはさすがである。

1992年 三洋電機『新テ・ブ・ラ・コードるす』


所ジョージがCMキャラクターを務めていた『テ・ブ・ラ・コードるす』。日本初のコードレス電話として大ヒットした商品だ。このCMには、何パターンものバージョンが放送されているが、問題となったのは初期のもの。

所ジョージが手足を縛られたまま袋に入れられ、さらに首付近も縛られているために身動きはできないが、電話はできるといった内容だ。
コードレス電話の便利さを強調するための演出だったが、「その姿が身体障がい者を連想させる」との抗議によりお蔵入りに。
寄せられたクレームはごく少数の意見だと思われるが、耳を傾けなければならない大企業は辛いのである。

1994年 松尾製菓(当時)『チロルチョコ フレークチロル』


『フレークチロル』のCMは、小学生の女の子たちが「フリフリフレークチロルチョコ♪」とリズムに乗りながら後ろ向きでお尻を振り、途中からはスカートをめくってパンツ丸出し状態で商品名を連呼する内容だった。
PTAが問題視し、スカートをめくらないよう放送内容を変更している。

同時期には、リオのカーニバル風のセクシー衣装をまとった金髪外国人女性が、同じフレーズを歌い踊りながら駄菓子屋から現れるというものもあった。
いずれにしてもこの頃はどうかしていたようである。


1995年 サントリー『BOSS』


当時、テレビ出演がほとんどなかった矢沢永吉が冴えないサラリーマンを演じる新機軸が受け、90年代を代表するロングシリーズとなった缶コーヒー『BOSS』のCM。
数多いバージョンの中には問題視されたものもある。

矢沢永吉のセリフ「夏だからってどこか行こうってのやめませんかアレ…どこだって夏なんだから」にクレームが付いてしまう。何でも、「レジャー気分に水を差す」と長野県の旅館経営者が訴えたらしい。
これによりCMは自粛されている。観光業界に悪影響を及ぼすとは到底思えないが……。

ちなみに次のCMでは、電車やバス、タクシーに乗り逃し続けた永ちゃんがBOSSを飲んでひと言。
「冗談じゃねぇよ」
永ちゃんの魂の叫びのようである。

勝新がすべて悪いキリンラガービールや、やりすぎ感が否めないフレークチロルは論外だが、その他に関してはこれぐらい尖ったメッセージの方が面白いと思ってしまう筆者。これって不謹慎なのだろうか?

大企業の自粛体質に付け込むように、揚げ足取りのようなクレームが増えていく90年代後半。「一億総クレーム社会」と化していく中、封印CMもまた増えていくのである……。

※イメージ画像はamazonより俺、勝新太郎 (廣済堂文庫)
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