「表現の自由」。
この言葉のありがたみを痛感せずにはいられない映画がある。
それが1999年11月公開の『地獄』。

監督は1960~70年代のヒットメーカー、石井輝男。前年には浅野忠信主演の『ねじ式』が話題となり、「キング・オブ・カルト」の異名をとった鬼才である。
得意ジャンルはエロ・グロ・シュール。しかも、タイトルは『地獄』。危険な匂いがプンプンするが、その予想をはるかに上回ること必至の90年代最凶にして最狂の映画である。

なぜかオバサン姿の閻魔大王……地獄に落ちる主人公


人生に思い悩む主人公リカがナビゲーターを務める形で地獄めぐりするのが基本プロット。
展開は非常にスピーディーで、冒頭3分ほどでなぜか閻魔大王が扮したおばさんの力により、生きたまま三途の川に案内され「ここはもうシャバじゃなくてあの世なの?」なんて驚くリカ。
カタギの感じがしない言語センスがたまらないが、地獄の門の造形が明らかすぎる女性のアソコだったりと、美術センスも常識では計り知れない感じ。

なぜリカが選ばれたのか、なぜ閻魔大王がおばさんの姿で現れたのか、って言うか全員が棒演技なんだけど……などなど気になる点が目白押しだが、そんな事はお構いなしに、本題である阿鼻叫喚の地獄絵図の描写に入って行くのであった。

実在する凶悪犯罪者を地獄で処刑!?


そして、これこそがこの映画最大のポイント。地獄で責め苦を受けるのは、実在の凶悪犯罪者たちをモデルにした人物。しかも、彼らが犯した罪がリアルな再現ドラマとして紹介されるのである。

まず裁かれるのは「宮島ツトム」。
連続幼女誘拐殺人事件のあの男である。
事件の詳細が描かれ、あらためて知ることになる鬼畜な所業。胸くそ悪さがMAXとなったところで地獄の鬼たちによる裁きがスタート。腕、足をノコギリで切断され、最後には首も……。

耐え難い苦痛の中、絶命した(元々死んでるけど)宮島だったが、閻魔大王の「よみがえれ」のひと言でバラバラの身体が完全復活。まさかの慈悲に宮島は感謝を口にするが、実はノコギリ引きの罰で永遠に苦しみを味わうためのもの。

「目には目と歯を、歯には歯と目を」と叫ぶ閻魔大王。地獄のルールは倍返しどころでは済まないのである。

映画で悪を裁く! カルト教団への怒りが映画作りの原点!


続くは、「宇宙真理教」。この映画のメインターゲットである。
そもそもが、オウム真理教が起こした一連の事件の裁判が、なかなか進展を見せないことに業を煮やした石井監督の怒りがこの映画の創作の原点。

「社会が裁かないのであれば、映画がやつらの罪を裁く!」と自腹を切って製作したと言う。
凄惨な犯罪、悪夢のイニシエーションを始め、常軌を逸する修行や集団行動の内情も描かれるが、これらがほぼ実話なのが何より恐ろしい。


ただ、裁判の流れも含め事件の再現にこだわり過ぎているため、肝心の地獄での裁きパートの描写が少なめ。監督の意気込みに反して、『ザ!世界仰天ニュース』レベルの内容が延々と続くのである。
もっとも、必要以上にゲスく描かれる教祖「瘡原(かさはら)」絡みのエロシーンは、地上波では絶対再現できないだろうが……。

どこかで見た弁護士や文化人も軒並み処刑!


監督の怒りは裁きのシーンでついに炸裂!教団幹部はもちろん、教団側の弁護士や擁護派の学者や文化人たちも軒並み処刑開始だ。

詭弁で擁護した者は地獄の鬼たちに巨大なペンチで舌を、文筆で擁護した者は腕を引っこ抜かれ、幹部たちは熱した石に押し付けられ生きたまま焼かれる。名前や見た目からモデルが丸分かりだったりするのが、別の意味でスリリングである。
処刑の締めは教祖。八大地獄すべてを永遠にめぐることを言い渡され、まずは皮剥ぎの刑として生きたまま全身の皮を剥ぎ取られてしまう。

この辺りの描写、もちろんグロいのだが、舌が1m近く伸びたり、腕がロケットパンチのようにポロっと抜けたりと、狙って笑わせに来ているのか、単に特撮がチープなだけなのかは不明。ただ、真剣そのものの可能性もあるのが、この映画の怖いところである。

ちなみに、毒入りカレー事件の夫婦も裁かれている。
糞尿まみれにされた上、生きながらウジ虫に食われ、止めに龍のような生き物に食われるという三段構えの刑。糞尿が毒入りカレーを意味しているようで、ブラックジョーク効きすぎである。


ラストの意味不明さは特筆もの


ラストには「霊界」繋がりか、唐突に丹波哲郎が登場してチャンバラを繰り広げ(70年代の石井監督映画のオマージュらしい)、地獄の亡者たちがミュージカルを展開。
閻魔大王に諭され、主人公を始め、元宇宙真理教の信者たち(女性のみ)が全裸になって「永遠なるもの=太陽」を一心不乱に拝む中、エンドロールとなる。

「な…何を言っているのか わからねーと思うが おれも 何をされたのか わからなかった…」
思わずポルナレフの名言が頭を駆け巡る、シュールにも程がある怒涛の畳み掛け。極大解釈すれば、もはやアートの域である。

この映画が公開された時点では、まだ誰の刑も確定していない状態。なので、ストーリー上でも一応「未来の裁き」として見せているのだが、内容が内容だけにスタッフの降板が相次ぎ、クランクインに支障をきたす程だったそうだ。

石井監督が描きたかったテーマは「因果応報」。低予算ゆえにチープさも目立つ地獄の裁きであるが、加害者の人権ばかりが強調され、被害者の苦痛がないがしろにされがちな世の中への憤りは痛いほど伝わって来るのである。

※イメージ画像はamazonより地獄 [DVD]
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