マクドナルド。世界一有名なハンバーガーチェーンの名前として知られるが、元は人名だ。
この名を冠されたハンバーガーショップはなぜ世界帝国を築くに至ったのか。その基礎を築いた男の、なりふり構わないビジネスを描いたのが『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』だ。
マクドナルド創業者を巡る因縁と決別「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」

"マクドナルド"という美しい夢と、その終わり


1954年のアメリカ。52歳のセールスマンであるレイ・クロックは、車で中西部を回っていた。売り物は一度に5個分のシェイクを作ることのできるシェイクミキサー。だがそこまで大量のシェイクを一気に作る必要のあるダイナーやドライブインレストランはなく、売り上げはあがらない。そんな中、カリフォルニアの田舎にあるドライブインレストランから一気に8台ものオーダーが入る。

一度に大量のシェイクを作らなくてはならないほど繁盛している店とはどのようなものか、興味を持ったレイはアメリカを横断して現地に向かう。そこにはディック&マックの兄弟が自分たちの姓を冠したハンバーガーショップ「マクドナルド」があった。その繁盛の秘密は流れ作業で商品提供までの時間を削る「スピード・サービス・システム」。そして徹底したコストの削減。他のレストランでは見られないコンセプトに感心したレイはこの「マクドナルド」をフランチャイズ展開することを構想する。目の届く範囲での商売を望むマクドナルド兄弟を説き伏せ中西部各地に店舗を開くレイ。
しかしその裏でマクドナルド兄弟とレイの関係は急速に悪化していく。

映画の前半で描かれる1950年代のアメリカの風景は美しい。どこまでも続くルート66。明るい道を売り物を積んだ車でひた走るレイ。流れ作業でハンバーガーを作るマクドナルド兄弟のシステムも今の目から見ると牧歌的。従業員の動線を確認して厨房を設計するためにテニスコートにチョークで機材の線を描き、その中で料理の演習をしてスピードの出る作り方を編み出すマクドナルド兄弟の努力も完全に人力だ。ほのぼのしたものである。

レイがマクドナルド兄弟を説き伏せ、フランチャイズ展開を始めた時のワクワク感もすごい。兄弟の弟ディックが構想しレイが建てた「2本の黄金のアーチがかかったハンバーショップ」に、レイが夜中に乗り付けるシーンは息を飲む。初期のマクドナルドは間違いなく美しい夢だったことを、『ファウンダー』は実感を持って描いている。

レイのフランチャイズ展開の方法はえげつない。契約したオーナーが土地を選びローンを組んで開店するそれまでの方式から、レイが購入した不動産をオーナーにリースし、そこに店を建てて開業する方式に切り替えてからマクドナルドが巨大化したことがはっきりと描かれる。
飲食業ではなく不動産業にスイッチした瞬間、フランチャイズ展開は莫大な利益を生む仕組みになったのだ。実直にハンバーガーを作っていただけなのに、知らない間に不動産屋に名前を使われていたマクドナルド兄弟はたまったものではない。

美しい夢が終わり、誰も見たことのない巨大な産業が立ち現れる。その決別の物語を、『ファウンダー』は容赦なく描く。最初は協同経営者として協力関係にあったマクドナルド兄弟が自分にとって邪魔になるや否や、レイはあらゆる手段で兄弟から「マクドナルド」の名前を奪い取ろうとする。かつて協力関係にあった人間を自らのためになりふり構わず蹴落とし、使える人間は前歴を問わず引き込むレイのエグさは、さながら「ハンバーガー・ノワール」と呼びたくなるような印象である。

果たして「創業者」は誰なのか


猛烈な皮肉が込められているのは、日本語で「創業者」という意味の『ファウンダー』というタイトルだ。レイ自身は何も発明していない。彼は訪問販売のセールスマンであり、他人が作った商品を客に売り込むのが仕事だった。それと同じことを、巨大なハンバーガーチェーンを使ってやってのけた。しかしレイは自らの名刺に「Founder」と印刷し、そして現在彼はマクドナルドの創業者とされている。

『ファウンダー』ではレイのどぎつい商売の仕方が描写される一方、堅実にカリフォルニアの片隅で商売を続けるマクドナルド兄弟の姿にもかなりのボリュームが割かれる。
山師のようなレイに対し、自分たちの目の届く範囲で、ちゃんとした商品を届けたいと考えるマクドナルド兄弟は観客の同情を引く。マクドナルド兄弟は経費削減には熱心なものの、粉末ではなくあくまでミルクを使ったシェイクにこだわるなど、自分たちの名を冠した商品には譲れない一線を持っている。

しかし、マクドナルド兄弟があくまで自分たちの商売の仕方にこだわり、そしてレイが兄弟の元に現れなかったら、マクドナルドの巨大チェーンは存在しなかった。もしマクドナルドがなかったら……と考えると、その便利さに散々世話になっている身としては複雑なものがある。そして、現在のマクドナルドの姿を考え合わせた上で「創業者」と言えるのは、果たしてレイ・クロックか、マクドナルド兄弟か。
(しげる)
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