そんな鎌倉にかつて、開園からわずか3年あまりで潰れてしまったテーマパークがあったのをご存知でしょうか?
その名も『鎌倉シネマワールド』。松竹創立100周年記念事業の一環として松竹大船撮影所敷地内に設けられた同施設は、ユニバーサルスタジオジャパンより先に創られた「映画のテーマパーク」として歴史にひっそりと名を残しています。
松竹“第三の柱”となる新規事業として期待されていた
鎌倉シネマワールドが開園したのは、1995年10月10日。今から20年以上前のことです。総工費は約150億円。松竹としては、映画や演劇の赤字を補填する“第三の柱”にこの新規事業を育てていきたいという思惑があり、それゆえ力の入ったプロモーションを実施していました。
「行ってみようよ!シネマワールド!」
そんな一言から始まる、当時松竹専属女優だった羽田美智子を起用した宣伝CMが、松竹系映画館の予告編でよく流れていたものです。
悲惨だったガラガラのアトラクション
筆者も幼少期に一度、親に連れられてシネマワールドへ行ったことがあります。そのときは夏休み期間中だったのですが、人の入りはまばら。人口密度と活気でいったら、同じ鎌倉でも、鶴岡八幡宮や大仏で有名な長谷寺のほうが、はるか上に思われました。
この何となく物悲しいムードをさらに加速させたのが、園内に設置されたアトラクションです。同施設では、アトラクションの多くがお客さん参加型。受け身でいることは許されず、能動的な姿勢が求められます。
たとえば、筆者が入ったあるアトラクションでは、客を映画のエキストラと見立てて、「セリフ」を求められる場面がありました。
「…もう一回いきましょう!せーの!…」との呼びかけで、ようやく数人が反応するも、蚊の鳴くような声。なんだか非常にやるせない気持ちになって、早くこの場から立ち去りたくなったのを覚えています。
館内で浮いていたトム&ジェリーの着ぐるみ
クオリティが低いのは、アトラクションだけではありません。駐車場スペースがなかったり、テナント出店された飲食店の統一感が皆無だったり、地下1階フロアを徘徊するトム&ジェリーの着ぐるみがあきらかに場違いだったりと、いろいろ突っ込みどころ満載でした。
こうしたチープさもあって、オープンから半年もすると、目に見えて客入りが減っていきます。人が来ないのでは、営業していても仕方ありません。そのため、オープン当初は21時だった閉館時間が半年で20時になり、最後は18時になったそうです。
「寅さんの死」によって、入場者数が激減
追い討ちをかけるように、オープンから1年足らずで不幸な出来事が起こります。松竹の看板シリーズ『男はつらいよ』の主人公・寅さん演じていた渥美清が、1996年8月4日に亡くなったのです。
この訃報により、客足はさらに激減。3年目の入場者数は80万人となり、採算ラインの120万人を大幅に下回ります。
結果、1998年2月期の決算に16億円もの赤字を叩きだし、1998年12月15日には閉鎖された鎌倉シネマワールド。現在跡地は、鎌倉女子大学の大船キャンパスとなっているそうです。
なお、当時の支配人・山本加津美さんによると、シネマワールドの敗因は「素人集団が開業を急ぎすぎたこと」だったといいます。専門家の力を多く借りて、しっかりとノウハウを構築してから勝負に出ていたら、もしかすると、USJより先に「映画のテーマパーク」として、一角の成功を収めていたかも知れません。
(こじへい)