死ぬほど疲れている時はトム・クルーズ映画を観ると回復する。

今月21日から全国公開の始まった『バリー・シール/アメリカをはめた男』を観て、あらためてそれを実感した。
トム・クルーズ演じる実在の人物バリー・シールは、元航空会社の敏腕パイロットからCIAにスカウトされ中米の偵察任務を請け負う内に、コロンビアの麻薬王と繋がり、運び屋稼業で荒稼ぎする(儲けすぎて札束の処理に困り庭に埋め、時に家畜のエサにするバブリーな描写は必見)。

だが、派手に動きすぎて複数の捜査機関に狙われ逮捕されたバリーは、自身の無罪放免と引き換えにホワイトハウスから命を危険に晒す、無謀な任務を請け負うことになる。果たして、国家に運命を握られた天才パイロット、バリー・シールの運命は……? 

相変わらずいい意味で軽くテンポがいい。映画界のキング・オブ・ポップことトム・クルーズ映画は今作も娯楽作品として安定の面白さだ。クタクタになって座席に座っていたはずが2時間後に劇場を出た時は元気になっている。

格好良すぎた若い頃のトム・クルーズ


正直に書くと、個人的に若い頃の彼は苦手だった。だって格好良すぎたから。何をやってもブレずにトム・クルーズ。あまりにも格好良すぎて誰を演じてもリアリティがない。典型的な「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」状態。

それが、どうだろう? 現在55歳だが、さすがに皺は目立つし顔も弛んできた。けど、その程良いくたびれ感こそ、50代を迎えてからトム・クルーズの最大の武器になっている。格好いいだけでなく、情けない男も演じられる懐の深さ。
見るものに年を重ねるのも悪くないなと思わせてくれる。

「ちょっと格好悪いトム・クルーズ」の原点


そんな「ちょっと格好悪いトム・クルーズ」の原点となったのが、21年前の96年12月6日に全米公開されたキャメロン・クロウ監督作品『ザ・エージェント』ではないだろうか。

当時34歳、そろそろキラキラの若者ではなく、酸いも甘いも噛み分ける大人の男を求められる年頃だ。この映画のトムは常に崖っぷちである。
有名スポーツ・エージェンシーSMIでエージェントを務めるジェリー・マクガイア(トム・クルーズ)は多忙な日々の中で、自身の理想を「より少数の選手に金ではなく心を配る」“ミッション・ステートメント”という冊子にまとめて社内に配るも、当然綺麗ごと言ってんじゃねえなんて会社をクビになり、抱えていた多くの契約選手を同僚に奪われてしまう。

唯一人残ったのは三流アメリカン・フットボール選手のロッド・ティドウェル(キューバ・グッディング・Jr)。そしてジェリーの青臭い理想に賛同し、新たに立ち上げた事務所についてきたのは5歳の病弱な息子を抱えるシングルマザーの女性社員、ドロシー・ボイド(レニー・ゼルウィガー)のみ。(なお現在公開中の『女神の見えざる手』では主演ジェシカ・チャステインが組織を移る際に「私についてくるのは?」と同僚たちに声を掛け、「ジェリー・マクガイアかよっ!」と突っ込まれるシーンがある)。

序盤のハイライトはジェリーがロッドへの契約継続を要請の電話中、残ってほしかったらある言葉を絶叫しろと迫られるシーンだろう。するとあのイケメン番長トム・クルーズが情けない顔で受話器を握りしめ、ヤケクソになって映画史に残る有名な台詞を絶叫するのだ。
「ショーミー・ザ・マネ~~!(カネを見せろコノヤロー)」と。

すべてのプロスポーツファンを代弁した言葉とは


さらに婚約者には愛想を尽かされ逃げられて、目を付けていた有望新人には直前で家族ごと裏切られる。もうどうしようもないくらいに崖っぷち。


そんな日々で、ジェリーはロッドに「頼む、この契約は君を助けるためなんだ。僕を助けることが君のためになる。結局は君のためなんだ」と本音むきだしの話し合いを重ね徐々に信頼関係を築き、ドロシーとは恋人として付き合い、這い上がるきっかけを掴んでいく。
今より好条件のオファーを狙い今シーズン限りでフリーエージェントになることを選んだロッドは、自身のチーム環境について愚痴をこぼすが、代理人ジェリーは「俺らが親友なら言わせてもらう」とこう忠告するわけだ。

「おまえがなぜ1000万ドル稼げないか? 小切手選手だからだ。私生活にはハートがあるが、フィールドでは頭だけ。契約への不満でいっぱい。“チームが悪い”、“パスが悪い”、“アイツに馬鹿にされた”。ファンはそういうプレーを見ても何も感動しない。何も言わずハートでプレーするんだ」

まさにすべてのプロスポーツファンを代弁した言葉だ。ウン億円の給料を貰ってるなら、グラウンドに来てその価値をハートで証明してくれと。なあ巨人のFA組よと……あ、すいません。
この映画を成立させている大きな魅力は二つある。
ひとつはジェリーとドロシーの王道恋愛映画の側面。そして、もうひとつはジェリーとロッドが成り上がっていくバディムービーとしての快感だ。格好悪いルーザーコンビがカネではなくハートで繋がり、最後には世界最高のコンビになる姿をぜひ堪能してほしい。

21年前のこの映画は、『トップガン』の世界的ヒットから10年近く正統派映画スター像に縛られていたトム・クルーズが、ようやく「格好よさ」から自由になった記念碑的な1本だと思う。


『ザ・エージェント』
日本公開日:1997年5月17日
監督・脚本:キャメロン・クロウ 出演:トム・クルーズ、キューバ・グッディング・Jr、レニー・ゼルウィガー
キネマ懺悔ポイント:87点(100点満点)
アカデミー賞作品賞や主演男優賞にもノミネートされた本作は、ロッド役のキューバ・グッディング・Jrが助演男優賞を受賞。レニー・ゼルウィガーも放送映画批評家協会賞のブレイクスルー賞に輝き、ゴールデン・グローブ賞の男優賞を獲得したトム・クルーズだけでなく、彼らにとっても俳優人生の転機となる大きな1本となった。



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