赤ちゃんの入浴シーンにも厳しく対処 イスラム教国マレーシアの映画事情とは

南国のマレーシア人にとって、涼しい場所で楽しめる映画館はとても人気だ。料金は映画館や曜日、時間によっても異なるがRM7~16(約175~400円)ほど。
入場システムはペーパーレス化され、映画館のアプリをダウンロードすればスマホでチケットを買える。購入時に表示される2次元コードを自動改札にかざせば、映画館に入れるようになっている。日本と比べると格段に安い料金で楽しめることもあり、いつも混雑している。

このマレーシアの映画館、日本人から見るとじつは少し変わっているのだ。
赤ちゃんの入浴シーンにも厳しく対処 イスラム教国マレーシアの映画事情とは


赤ちゃんの入浴シーンもイスラム的にダメ!?


マレーシアでは「裸」や「男女の絡み」にとても厳しい。通常、問題のあるシーンになると係の人は映写機を厚紙(スリット)で覆って画面全体を暗くする。赤ちゃんを入浴させるシーンでさえも、その裸を隠すために画面が真っ暗になる。
「えっ? 故障?」と思っていると館内がざわざわしだし「お~い、いい加減にしてくれよ。こんなの普通の映像でしょ。おかしいよ!」という観客の声が。そして笑い声があちらこちらから聞こえてくる。

今年10月に行われたヨーロッパ映画祭でもそうだった。キスシーンや絡みが多かったためP13指定(13歳未満の鑑賞については、成人保護者の助言や指導が求められる)された作品があった。
案の定、頻繁に画面が真っ暗になり、いやらしい音だけが館内に響く中でなんとも気まずい雰囲気に。観客一同で笑いながら抗議の意味を込めて映写機の窓をにらむも、結局は頻繁に隠され過ぎて、ストーリー展開が分からなくなってしまった。もちろん観客のブーイングは続いた。

ただし今回は、係員も申し訳ないと思ったのか、字幕だけを見せようとスリットを微調整した。しかし、字幕の行数が変化するため、うまくタイミングが合わずスリットが揺れてしまう。例えば男女が裸で寝転がっているシーンでは、字幕を全部見せようとすると、字幕のすぐ上にある男性の乳首が隠し切れない。
ついに画面は黒いスリットに乳首だけが見えてラブシーンの字幕が流れるという、余計にいやらしくなる始末だ。客一同さらに爆笑となった。

画面は男女の絡みだけでなく、「F**K」などといった禁止用語の字幕があるときも真っ暗にされてしまう。香港映画やハリウッド映画など、頻繁にこれらの不適切な言葉が出る場合は、画面が隠されて前後のストーリーを見失うこともしばしばだ。
赤ちゃんの入浴シーンにも厳しく対処 イスラム教国マレーシアの映画事情とは


同性愛シーンで『美女と野獣』の上映が延期されかけた


上映できるかどうかのハードルもマレーシアは高い。今年3月、イスラム教に反するという理由で『美女と野獣』の同性愛の部分をカットして上映したいという話が、マレーシア側から持ち上がったことがあった。一方のディズニーはカットを許さず、作品自体がマレーシアで上映されなくなりそうだった。


結局、P13指定を付けてカットなしの全編上映に決まったが、実際に見てみると、「えっ? どのシーンが問題だったの?」と不思議なほど微々たるもの。それくらい内容に敏感なのだ。

字幕にも悩まされる。マレーシアは多民族国家であるため、外国語の作品が上映されると、マレー語、英語、中国語の3つの字幕が流される。昨年『君の名は』を見に行った時は、画面の半分を字幕が覆い尽くした。話す内容が多いと、その量たるや画面の半分以上になっていた。


日本のアニメが大好きなマレーシア人の友人は、同作品を2度も見に行ったという。なぜなら、1度目は意味を理解するために字幕に集中し、2度目は純粋に画像の美しさを堪能するためだそうだ。マレーシア人でさえこうなのだから、初めてみる外国人にとっては、どの部分の字幕を追えばいいのかコツをつかむまで時間がかかるかもしれない。


注意すべきは画面だけではない


マレーシアは一年中が夏である。そのため空調が強力で映画館の中は雪国さながらの極冷えだ。マレーシアに来たばかりの頃は、寒さ対策を全くせずにTシャツに短パン、サンダルで行ってしまい、寒さに凍えて映画に全く集中できず途中で映画館を出るはめになったこともあった……。
それからというもの、長ズボンに長袖のパーカーを着て、靴下やストールが必須になった。
赤ちゃんの入浴シーンにも厳しく対処 イスラム教国マレーシアの映画事情とは

上映前と後も日本との違いはある。独立記念日間近になると、上映前は皆で国歌斉唱をさせられてから、映画が始まるのだ。反対に上映後の追い出しは早い。日本の映画にはエンドロールのあとに、おまけエピソードが添えられることがある。そのためエンドロールが流れきるまでなかなか席を立たない人は多い。ところがマレーシアでは、エンドロールが始まると同時か、時にはフライング気味にそれよりも早く、出て行けと言わんばかりに係のスタッフがスクリーン横にあるドアを開けて館内の電気をつける。「いい映画だったなぁ~」と思う間もなく、現実世界に引き戻されることが度々だ。

このように外国人からすれば戸惑うことは多くあるものの、マレーシアは日本より映画の料金は安く、新作がすぐに上映されるため、映画好きにとってはありがたい面もある。黒いスリットが入ろうが字幕で画面が埋まろうが、そんな面白い部分も丸ごとひっくるめてマレーシアなのだ。
(さっきー)