もしも今あなたが「映画を観に行きたいけど何を観ていいかわからない」という状態であれば、見るべきはただひとつ、『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』である。昔の日本を舞台にしてストップモーションアニメで描かれる、スリリングな物語だ。

今年ベスト級(断言)ストップモーション和風バトルファンタジー「KUBO/クボ 二本の弦の秘密」を観ろ

『日本むかし話』かと思いきや、キメキメのバトルが!


絵面的には『日本むかし話』というか、NHK教育っぽいニュアンスが漂っている『クボ』。しかしその内容は驚異的な手間とフェティシズムが惜しげもなく投入された、キレキレのバトルファンタジーである。映画の前口上にして決め台詞である「瞬きするなら今のうちだ」という言葉通り、本当に瞬きするのも惜しいほどの激しく美しい映像が展開される。

遠い昔の日本、片目のない赤子と三味線を抱えた女が、一艘の小舟で海を渡っている。何かから逃げている女は不思議な三味線の力で巨大な波を割り危機を避けるが、最後には大波にのまれて赤子と共にとある海岸に流れ着く。

10年近く後、赤子は「クボ」と名付けられ、心の壊れた母親とともに断崖の洞穴に暮らしていた。彼は不思議な三味線の音色で折り紙を動かし、強い侍であるハンゾウの物語を語るという芸で日銭を稼いでいたが、父のいない寂しさから「死者と会話ができる」という祭り(多分あれはお盆でしょうね)に参加し、「夜になる前に帰ってこなくてはならない」という母の言いつけを破ってしまう。夜になった瞬間、クボの名を呼び迫る謎の刺客。クボはギリギリのところで母の不思議な力に助けられるが、刺客たちは母を殺してしまう。

母の力によって雪山に飛ばされたクボ。目覚めると目の前には人間の言葉を話すサルがいた。口うるさいがやたら面倒見のいいサルから、刺客たちは"月の帝"から差し向けられた者であること、クボの語っていた物語に登場する3つの強力な武具は実在すること、その武具を使えば"月の帝"に対抗できることを知らされる。かくしてクボは3つの武具を探し、仇討ちの旅に出る。


折り紙や竹取物語、日本の民話の定番キャラである猿、三味線と和風っぽい要素がこれでもかと詰め込まれつつ、ちゃんと昔話っぽいストーリーになっていることがあらすじからもわかると思う。製作・監督にあたったトラヴィス・ナイトはナイキ創業者の次男にしてストップモーション・アニメ制作会社「ライカ」のCEO兼アニメーターという人で、8歳のころから幾度となく日本を訪れている。そういう人が作った作品なので、トンチキな日本感はほぼ無し。和紙や木材の質感まで伝わってくるようなしっとりした感触がある。

そんな世界観で繰り広げられるのが、バチバチのハイスピードバトルである。ある目的を果たすため、月の帝の娘たちである"闇の姉妹"たちがクボを執拗に狙い続ける。クボを導くサルと、道中で仲間になる記憶を無くした元武士のクワガタ、そしてクボはこの闇の姉妹たちと戦うことになるのだが、この戦闘シーンがとにかくド派手。そして構図の決まり方がすごいのである。一瞬ごとにキメキメの絵が連続し、少年マンガのようにキャラクターたちが飛び回る様はまさに圧巻。画面内の物全てを意のままにコントロールできるという、ストップモーションアニメだからこそ可能になった構図の決まり具合は、強烈なフェティシズムを感じさせる。

この戦いに身を投じる各キャラクターのデザインも素晴らしい。絶妙にアメリカのカートゥーンっぽいアレンジが加えられたクボ、本当に猿っぽい体のバランスになっているサル、まるでCGのような質感とバランスのクワガタもすごいのだが、筆者が一番好きなのが前述の闇の姉妹である。
人間ではありえないほど細い体つきに真っ黒い装束と甲冑をまとい、これまた黒い鳥の羽がびっしりと生えたマントと傘と仮面を身につけた姿はインパクト抜群。地面を歩かず滑るように移動し、煙管を吸いながら現れるというケレン味もグッとくる。

「物語と記憶」の物語を彩る、語り部たちの労力に涙せよ


『クボ』の大きなテーマのひとつが、「物語と記憶」というものだ。人は死んでも記憶が残る限り現世にあり続ける。そして、人をそのようにあり続けさせる方法が物語を語ることであるというテーマが、ストーリーの根本にあり続けている。

言ってしまえばベタなテーマだ。「記憶に生き続ける限り人は死なない」というのは古今東西様々な物語で語られてきたことでもある。しかし『クボ』が上手いのは、クボの仕事を「三味線と折り紙で物語を弾き語りするストーリーテラー」というふうに設定したところにある。クボは主人公であると同時に、物語を語って聞かせる人物でもあるのだ。そしてその語りに不可欠なのが、三味線である。

本作に登場する三味線は大きなキーアイテムだ。なんせ冒頭で、パワーのある人間が弾けば大波をも割る力があることが示される。
クボが折り紙を操りつつ物語を語ることができるのも、この母から譲られた三味線あってのことだ。そして冒険の旅を経て明らかになる、タイトルにも書かれた「二本の弦」の秘密。これが劇中で明らかになったとき、あまりにも綺麗にテーマとタイトルがリンクしたことにオイオイ泣いてしまった(ちなみに原題も『Kubo and the Two Strings』なので、やっぱり二本の弦がめっちゃ大事ということがわかる)。見事な着地である。

こうしたテーマを語る上でもうひとつ説得力を増すことになっているのが、『クボ』がめちゃくちゃ手間のかかる方法で作られたアニメだという点だ。総製作期間94週、一週間に製作される尺の平均値がわずか3.31秒という気の遠くなるような時間と手間が、『クボ』には投入されている。この物語を作った人々は、このテーマを伝えるためだけにこんなに膨大かつ多様なリソースを投入して、これほど美しく濃密な絵面を作り上げた……。そのこと自体が「物語を語ること」の尊さやパワーというテーマに対する、作り手の確信を体現しているように思う。

そういう意味で、『クボ』は作り手による自己言及的な側面も孕んだ作品だと思う。その晴れやかなスピリットを思い返すと、また泣いてしまいそうになるのだった。

【作品データ】
「KUBO/クボ 二本の弦の秘密」公式サイト
監督 トラヴィス・ナイト
声の出演 アート・パーキンソン シャーリーズ・セロン マシュー・マコノヒー ルーニー・マーラ ほか
11月18日より公開中

STORY
三味線の音色で折り紙を操る不思議な力を持つ隻眼の少年クボ。謎めいた母親と二人で暮らしていたが、ある日闇の刺客に襲撃され、母を失くしてしまう。
仇を打つ旅に出たクボは、道中で出会ったサルと弓の名手であるクワガタと共に3つの武器を探すが……
(しげる)
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