
カズオ・イシグロさんの受賞で話題になった今年のノーベル文学賞。毎年、村上春樹さんが受賞するのではないかと期待されていますが、ノーベル賞に限らず文学賞の受賞は作家や出版関係者にとっては一大事。
受賞連絡が来るのを待つのはさぞかし緊張することでしょう。
受賞連絡を待つ時間は「待ち会」と呼ばれており、緊張の一瞬を迎える場所は自宅、酒場、出版社などと作家によりけり。
前代未聞のゲームセンターからネット中継
先日選考が行われた野間文芸新人賞で前代未聞の待ち会が敢行されました。
その場所はなんとゲームセンター!
しかも待ち会の一部始終をインターネットで中継するという一大イベントにしたのです。
野間文芸新人賞といえば、芥川賞、三島由紀夫賞などと並ぶ日本の純文学の最高峰の新人賞のひとつ。
由緒ある賞の待ち会でこの異例の行動に出たのは、作家の海猫沢めろん先生。赤ちゃんをクラウドファンディングで育てるという題材で書かれた『キッズファイヤー・ドットコム』で候補にあがっていたのです。

一体なぜこのようなイベントを企画したのでしょう?
「落選してしまうかもしれない待ち会の中継なんて、誰もやったことがないし、やりたくないだろうし、これからもやりそうにないのでやってみました!」(海猫沢)
知られざる文学賞の選考過程
イベントは選考会の始まった15時過ぎにスタートしました。

会場となった高田馬場のゲームセンター・ミカドの池田店長が聞き役にめろん先生が文学賞の選考について話してくれます。
――野間文芸新人賞とはどのような賞なのですか?
海猫沢 講談社が主催している純文学系の新人賞です。有名な芥川賞は文藝春秋社の新人賞です。文学における新人の定義はかなり曖昧で、デビューしてから30年以上経って受賞する人もいるんです。
――候補作はどのように決まるのですか?
海猫沢 それがナゾなんです。たくさんの作品から絞り込む下読みは恐らく(講談社の)社員が行うのですが、その過程は明らかにされていません。
今回の選考委員は、小川洋子氏、島田雅彦氏、高橋源一郎氏、長嶋有氏、保坂和志氏、星野智幸氏と文芸界の超大物ばかりです。
――ノミネートは勝手にされてしまうのですか?
海猫沢 候補になると事務局から電話がかかってきて、ノミネートしてもいいか聞かれるんですよ。そこで受諾すると候補になります。
――受賞の連絡はどうやってくるのですか?
海猫沢 電話がかかってくるはずです。

そういうと机の上に置かれた携帯を見せてくれました。この携帯電話に運命の電話がかかってくるわけですね。ドキドキしてきます。
とその時、携帯に着信が!

候補者は全員、会見場の近くで待機している
会場内に緊張が走ります。
電話を取るめろん先生を会場の一同は固唾を飲んで見守りますが、どうやら受賞連絡ではないよう。
海猫沢 イタズラ電話でした。中継を見た友だちかけてきました。
会場の張り詰めた空気が一気に緩みました。
――選考にはどれくらいの時間がかかるのですか?
海猫沢 早ければ1時間か1時間半で決まると思いますよ。
――受賞したらどうなるのでしょうか?
海猫沢 7時から記者会見が行われるので、それに出席します。
――ということは候補者は全員近くで待機しているのですか?
海猫沢 はい、主催の講談社の招待で僕も熊本から出てきています。
会場には担当編集者も待機しており、受賞が決まったらすぐにめろん先生を会見場の帝国ホテルに誘導できる体制が整っています。
ラジオ番組にもよく出演しているめろん先生は、淀みないなめらかなトークで質問に答えていきますが、16時を過ぎた頃から次第に電話が気になり出してきている様子です。
現実でも出産費用をクラウドファンディングで募集して炎上
――自信のほどはいかがですか?
海猫沢 余裕です。……と言いたいところなのですが、今回は本当に強敵揃いなので、なんとも言えないです。ただ『キッズファイヤー・ドットコム』はクラウドファンディングで子育てをする小説なのですが、リアルでも同じように、出産費用をクラウドで募集して炎上した案件が出てきていてとてもタイムリーです。もし文学にリアリズムを求めるなら間違いなく受賞でしょう。
そうこうしているうちに選考開始から1時間半が経過し、時計は16時半をまわりました。次第にめろん先生にも落ち着きがなくなってきます。
――まだ連絡来ませんね。
海猫沢 時間がかかっているなぁ。
――同時受賞もあるのですか? その場合、賞金は山分けですか?
海猫沢 あるんですよ。野間文芸新人賞の場合は太っ腹なことに副賞の100万円は受賞者全員に出ます。
そうこう話しているうちに時計は中継の終了予定時刻の17時に。
受賞結果の連絡はまさかの担当編集者から
海猫沢 時間かかっているなぁ。僕も他の賞の審査員をしたことがあるのですが、審査って割れるんですよ。2つの作品に割れているうちに、気づいたら別の作品が再浮上したりすることもあるので、相当時間がかかることもありえますね。
口ではそう言いながらも、やはり一刻も早く結果を知りたい様子。
次第に文学の話題も尽き、ゲームの話へ。ゲーム作家の顔も持つめろん先生の作った最新ボードゲーム『ヘルトウクン』の制作秘話も出るのですが、やはり結果が気になります。

そしていよいよ時刻は18時に。受賞会見が19時からだということを考えると、そろそろ発表があってもいいはず。会場全体の視線もめろん先生の携帯電話を注視しています。
と突然、めろん先生が会場の後ろを見て「えっ!」と驚きの声をあげました。
振り返ると、担当編集の方が両手でバツのマークを出しています。結果の連絡が、担当編集者に入ったようでした。
受賞作は本当に他の作品(今村夏子氏の『星の子』と高橋弘希氏の『日曜日の人々(サンデーピープル)』)に決まってしまったのです。
うーん、残念。なんともあっけない幕切れに、会場全体がどこかその事実を受けいられない様子ですが、ステージ上でもこれ以上の話を引き伸ばす必要はありません。
そうして史上初(?)のゲームセンターからの公開「待ち会」中継イベントはお開きとなりました。
終了直後のめろん先生を最後に直撃しました。
――今回、「待ち会」中継イベントをやられていかがでしたか?
海猫沢 よかったですね。受賞までのワクワク感がリアルに視聴者にも伝わったのではないかと思います。そして落ちたときのなんとも言えない気まずい雰囲気も(笑)。
結果が出た後の落胆を隠しきれない様子をみていると、さすがにもう二度とやらないと言い出すのではないかと思っていたのですが、ワクワクの方が勝っていたとは恐るべしです。
――また次回何かの賞にノミネートされたら「待ち会」を中継しますか?
海猫沢 これは絶対やった方がいいですね。100%やりますね!
おお! さすがです!! 次回はぜひ受賞の瞬間を分かち合いたいです。
めろん先生、どうもありがとうございました!
(鶴賀太郎)