ギターを弾く以外に才能も興味もない男が、もし戦争に晒されたらどうなるか。『永遠のジャンゴ』は、それを我々に突きつけてくる作品である。

やっぱ人種差別はクソ「永遠のジャンゴ」が描く実在のギタリストとジプシーたちの悲劇

追い詰められた、戦時下のジャズギタリスト


本作の主人公、ジャンゴ・ラインハルトは実在のジャズギタリスト。ジャズでは伴奏楽器でしかなかったギターをソロで初めて使った人物とされ、ヨーロッパ初の偉大なジャズミュージシャンとして知られる。10代の頃からパリのミュージックホールで活動を始め、1934年にはバイオリニストのステファン・グラッペリらとともに弦楽器のみで構成されるバンドである「フランス・ホット・クラブ五重奏団」を結成する。

しかし、フランス・ホット・クラブがイギリスツアーを行っていた1939年に第二次世界大戦が勃発。グラッペリはそのままイギリスに残ったが、ジャンゴはフランスへと帰還する。映画『永遠のジャンゴ』が題材にしているのは、この大戦下のジャンゴ。具体的には1943〜1945年のジャンゴ・ラインハルトに関してだ。ごく短い期間にスポットを当てた作品なので伝記映画とは言い難いが、非常に濃密な映画である。

映画の冒頭に映るのは、アルデンヌの森で生活するジプシーの人々だ。森で薪を拾い、ギターを弾いて暮らしていた彼らにいきなり銃が突きつけられ、ギターを弾いていた盲目の老人は頭に銃弾を食らって即死する。この後の展開を象徴する強烈なオープニングだ。

次いで場面は占領下のパリへ。グラッペリが抜けた後もジャンゴは弦楽器のバンドを組み、パリで最も華やかなミュージックホールであるフォリー・ベルジェールで演奏していた。
ところが出番にも関わらずジャンゴはプラプラとドジョウを釣って遊んでおり、バンドやマネージャー代わりの母親に怒られながらステージに上がる始末だ。ミュージックホールの客はドイツ軍の関係者ばかり。敵国人が居並ぶ前で、ジャンゴと彼のバンドは熱の入った演奏を見せる。

そんなジャンゴに対して、ドイツ軍関係者からドイツでの演奏依頼が入る。しかし、ヨーロッパ各地でナチスによるジプシーに対する迫害が強まっており、自らもジプシーであるジャンゴはドイツに入国したらそのまま出られない可能性も高い。旧知の愛人であるルイーズに勧められ、家族を連れてスイスへの脱出を考えるジャンゴ。彼はひとまずパリを離れ、フランス〜スイス間の国境であるレマン湖のほとりの町へと移住する。

国境の町の酒場で演奏の仕事を見つけるジャンゴ。しかし、この地でもジプシーに対する締め付けはきつくなっており、ジャンゴと家族も家を追われることとなる。日に日に追い詰められる彼はある日、ナチスの高官が集まる晩餐会での演奏が命じられる。

パリでのジャンゴの享楽的な生活は凄まじい。演奏をほっぽり出して川でドジョウを釣って遊び、ドイツ本国での演奏依頼を鼻で笑い飛ばし、愛人とクラーク・ゲーブルのモノマネをして遊ぶ。
まさに1920年代以来の、パリのボヘミアンの生活だ。ヒトラーを「ヒゲがダサい」と評し、外出するのにいちいちジャケットとタイの組み合わせに悩むジャンゴの姿はまさしく伊達男。その上ギターを弾かせたら天下無敵。そりゃモテるわけである。

しかし、ジャンゴにはギターを弾く以外の才能はない。もともとジプシーの出身なので文字すら書けず、若い頃に負った大火傷の後遺症で左手の小指と薬指はうまく動かない。生活能力はほぼ皆無である。そんな人間に対して、占領下の重苦しく余裕のない暮らしは非常に厳しい。めちゃくちゃギターが上手くてモテたって、そんなことはドイツ軍にとっては関係ないのである。

やっぱり人種差別と戦争はクソ!


映画の後半、ジャンゴは窮地に立たされる。周囲のジプシーたちはドイツ軍によって虐殺されたり強制的に収容所送りにされたりして、ジャンゴとその家族にも危機が及ぶ。かつてパリで一番のミュージックホールで演奏した天才的ギタリストが田舎町の酒場でギターを弾いて日銭を稼ぎ、そこにもドイツ軍が踏み込んできて連行される。
時間が進むにしたがってジャンゴの服装が暗くて彩度の低いものになっていくのが物悲しい。

それと同時に立ち上がってくるのが、ジプシー出身というジャンゴの出自だ。彼はそれによってドイツ軍に捕まるかもしれないと恐れを抱き、スイスへの脱出が遅れることに苛立つ。かつてパリでは自らの人種とそこからくる悲惨な貧乏暮らしをネタにして冗談を飛ばしていた伊達男が、自らのルーツが原因で追い詰められていく様はつらい。ジャンゴ・ラインハルトほどの天才ならば、本来ならそんなことを気にする必要はなかったはずなのに。

そこまで落ちぶれ追い詰められても、ジャンゴはギターを決して手放せない。それは信念があっての行動などではなく、単にそれしか芸がないからのように見える。そう見えるくらい、追い詰められたジャンゴは能動的に行動することがない。レジスタンスのようにドイツ軍に抵抗しようという気持ちも、愛国心のような集団への帰属意識もない。戦時下の音楽家であるジャンゴにとって、本当に最後に残されたのがギターだけだったのだ。

『永遠のジャンゴ』ではギリギリのところでジャンゴのギター演奏がドイツ軍へのサボタージュとなり、そして彼がギターを捨てざるを得なくなるところまで描かれる。彼のギターはレジスタンスの手段ではないし、ジャンゴはギターを捨ててはいけない人であるにも関わらずだ。
この一連のくだりは本当に痛切である。

『永遠のジャンゴ』は、パリのボヘミアンとして人種など関係なくギターを弾いて過ごしていた男が、自らの民族的アイデンティティによって生存を脅かされ、それと向き合わざるを得なくなる物語である。その意味で、本作の冒頭とラストは見事な呼応関係にある。しかし、真に美しいものを作ることができる男が、それだけをやって生きていくことができないとは、なんと残酷なことだろうか。見終わってしみじみと「やっぱり人種差別と戦争はクソだな〜!!」と思わされる説得力があった。

【作品データ】
「永遠のジャンゴ」公式サイト
監督 エチエンヌ・コマール
出演 レダ・カテブ セシル・ドゥ・フランス ほか
10月25日より全国順次公開

STORY
1943年のパリで、ジプシーの天才的ジャズギタリストとして活躍するジャンゴ・ラインハルト。ドイツ公演の話も目前に控えた彼は各地でジプシーに対する迫害が強まっていることを知り、スイスへの脱出を図るが……
(しげる)
編集部おすすめ