
「最後のコンビニ」はファミリーマートだった
実際に現地へ行ってみると、静岡駅から車で30分ほどの場所にある「ファミリーマート静岡牛妻店」に、その看板はあった。

周囲はのどかな雰囲気だが、ド田舎というわけでもない。

車はほとんど走っていない。そもそも、場所によってはすれちがうのもやっとの道の細さ。


最後のコンビニの先には秘湯があった
最後のコンビニから1時間ほど走ると「梅ヶ島温泉郷」についた。静岡駅からは40km強の距離。
梅ヶ島温泉郷は静岡市の北部、南アルプスの麓に位置し、「梅ヶ島温泉」「梅ヶ島新田温泉」「梅ヶ島金山温泉」「梅ヶ島コンヤ温泉」の4つの温泉の総称だ。


梅ヶ島温泉郷の先は、峠を越えればもう山梨県。実はこのあたり戦国時代は武田家の領地だったそうで、梅ヶ島温泉郷はいわゆる“信玄の隠し湯”のひとつだったとか。残念ながら現在は数年前の台風の影響で山梨県側が通行止めになっており、行き来はできなくなっている。

梅ヶ島温泉唯一の店は50年の歴史ある名店
今回は梅ヶ島温泉郷を構成する4つの温泉の中でも、一番北に位置する「梅ヶ島温泉」に泊まった。宿泊した「おもいでの宿湯の島館」をはじめ、民宿・旅館が10軒あるだけの小さな集落だ。


梅ヶ島温泉唯一のポスト、バス停、自販機がそろう場所は、宿「梅薫楼」の前。

梅ヶ島温泉唯一の店は、お食事と日帰り温泉の店「湯元屋」。




何をするにも一日がかり!? 秘湯の暮らしとは
秘湯中の秘湯ともいわれる梅ヶ島温泉郷。住所としては静岡市内になるのだが、まわりにあるのは、ほぼ自然だけ。総面積90平方キロメートルという広いエリアだが、住民は500人弱。「引っ越してきた人以外、だいたいみんな顔はわかる」とはここで生まれ育った男性の弁。

宿泊した「おもいでの宿 湯の島館」のおかみさんも、梅ヶ島で生まれ育った人。秘境暮らしの苦労をきいてみると、「何をするにも一日がかり。買い物も病院も市街地まで行かないと。この仕事してるとネット見てる時間もないし……」と話す。
現在、梅ヶ島温泉郷の子どもの数は20名強。子どもたちは施設一体型小中一貫校「梅ヶ島小中学校」に通っている。高校は静岡市街地まで行く必要があるため、家を出て寮や親せきの家で暮らすのが一般的。

また、男性に地元の飲み事情を聞くと、飲み屋もないのでだれかの家や旅館などで飲むことが多いという。バスもあるが、本数は少なく移動は基本的に車。梅ヶ島温泉郷内にはタクシーも代行も走っておらず、市街地から呼ばなくてはならない。そのため飲んだあとは、迎えを家の人に頼んだり、だれかに送ってもらったりしているそうだ。
なにかと不便なことも多いこの地になぜ住み続けるのか? 地元の人たちに魅力を聞くと「自然がいい」という声を何度か耳にした。とくに秋の紅葉は絶景だと口をそろえる。「帰ってくると静かなこの環境が落ち着きます。この環境を未来へもつないでいきたい」と湯の島館のおかみさんもにっこり笑う。
おしのび客も多い国民保養温泉地
大規模な開発もされず、手つかずの自然が残っている梅ヶ島温泉郷。JR静岡駅から車で約1時間半、新東名静岡ICから自家用車で約50分とアクセスがよく気軽に行けるのに秘湯感がハンパないので、おしのびで訪れる人も少なくないようだ。
2017年5月には国民保養温泉地にも指定された。
泉質がよいので宿でひたすら湯浴み三昧もいいが、それ以外のお楽しみもある。自然体験ができる施設「魚魚の里(ととのさと)」では、ヤマメ釣りや砂金採り体験が可能。安倍川一帯は金山としても開発され、当時の坑道跡なども残っているのだ。

また、梅ヶ島温泉郷の手前には、わさび栽培の日本発祥の地である有東木(うとうぎ)地区があり、農林産物加工販売所「うつろぎ」では、わさびグルメやわさび漬け体験も楽しめる。


ちなみに梅ヶ島温泉郷のひとつ「梅ヶ島コンヤ温泉」では、国民保養温泉地指定を記念して、梅ヶ島の名産であるわさびを生かした新名物を開発。世界的に活躍する山形イタリアン「アル・ケッチァーノ」の奥田政行シェフが考案した「秘湯のわさびパスタ」を梅ヶ島コンヤ温泉にある3つの旅館で提供している。

にぎわう静岡市街地とはうってかわってのんびりした空気と自然、それに温かい人々に癒された梅ヶ島温泉郷。これから寒くなる季節、身近な秘湯でほっこり温まってみては。
(古屋江美子)