もしも自分が買った中古車が、実は当て逃げ事件に関係していた事故車だったとしたら。『目撃者 闇の中の瞳』は、この単純な導入から複雑怪奇な結末まで、じわじわと盛り上げていく見事なサスペンス映画である。

事故車から始まる「目撃者 闇の中の瞳」不穏極まる台湾製サスペンス

軽い気持ちで買った中古車から始まる、不穏極まるサスペンス
2016年。敏腕の事件記者であるワン・イーチー、通称シャオチーは、その日も現場に急行していた。撮影したのは国会議員が運転する車の交通事故で、不倫中と見られる女性も助手席に乗っていた。スクープをものにしたシャオチーだが、自身も編集部に戻る途中で交通事故にあい、中古で買ったばかりの愛車を破損させてしまう。

知り合いの自動車修理工であるジーの元に愛車を持ち込むシャオチー。車を見たジーは、この車は過去にも事故にあっていることを見抜く。警察に車両番号を照会したところ、なんとこの車はシャオチー自身が目撃した9年前の当て逃げ事件の被害側の車だった。

2007年。事件記者志望の実習生だったシャオチーは、山道で交通事故に出くわす。現場からは当て逃げの犯人と見られる車が逃走、被害者の車は大破し、ドライバーの男性は死亡する。助手席の女性も瀕死の重傷を負っており、シャオチーはデジカメで犯人の車の写真を撮る。この事件で被害にあった車が、シャオチーが購入した中古車だったのだ。


このタイミングでシャオチーのキャリアにピンチが訪れる。彼が不倫現場を撮影した国会議員は実は夫婦であり、逆に新聞社が名誉毀損で訴えられることになってしまったのだ。解雇されたシャオチーは先輩記者であるマギーの協力もあり、独力で自分の車が過去に遭遇した事故について調べ始める。9年前の記録を確認したところ、事故を生き延びた助手席の女性シューはなぜか治療途中で病院を脱走、現在は世間から隠れて過ごしていた。シャオチーらとの会話を拒絶するシュー。そして判明する、事故と同日に発生していた富豪の娘の誘拐事件。逃走した当て逃げの犯人は誰だったのか。シャオチーは真相に迫ろうとするが……。

導入から謎が深まっていく過程が凄まじくうまい。「中古で事故車をつかまされる」という、割とありそうな展開から芋づる式に関係者と事件がつながっていき、しかも人によってことごとく証言が食い違う。いわゆる『藪の中』方式で、観客は画面に出てくる人間全員を疑うことになる。

加えてうまいのは、9年前の事故には2台の車が関係している点である。
シャオチーが買わされた被害者側の車と、現場から逃げた犯人側の車である。それぞれの車に誰が乗っていたのかをシャオチーは調べるわけで、それだけでもサスペンスのボリュームは倍。一粒で二度美味しいのである。

台湾映画といえばリリカルな青春ものと相場は決まってると思い込んでいたのだが、ここまでよくできたサスペンススリラーを撮る人がいるのかと舌を巻いた。終盤の展開はちょっとどんでん返しが多すぎるのではと思ったけど、それも「台湾でもガチなサスペンスをやったるんや!」という気持ちの表れだと思えば好感が持てる。

ベタな怖がらせ方をしないところが偉い!
加えて『目撃者』で特筆すべき点は、とにかく不穏さの演出が巧みな点だ。台湾の風景は日本とよく似ているし、登場人物が使っているガジェットもiPhoneやMacbookだったりするので、あんまり目新しい光景は出てこない。なのに、とにかく画面が不穏なのである。

大雨が降る夜中の山道と、その中ほどに停まっている車。老人たちが集まってお茶を飲んている田舎の商店。ピリピリした新聞社の会議室。一人暮らしの男の散らかったアパートと、乱雑なバスルーム。
そういったロケーションは青緑色のフィルターを通され、手持ちカメラで細かいブレを加えられることでゾクゾクするほど不穏な光景となる。

更にいえば、『目撃者』が偉いのは「急な展開と音でビビらせる」ということをやらない点だ。ホラーでよくある「バーン!」と音が出て「ギャー!!」となる、アレをやらないのである。あくまで丁寧に丁寧に不穏さを盛り上げ、誰が本当のことを言っているのかわからない不気味さで観客をゾワゾワさせるテクニックは相当なものだ。あと単純に心臓に優しい点がありがたい。

この「日常的な風景が突然不穏なものとなって立ち上がってくる」という演出は、中古車を発端としたありふれた交通事故が9年越しの謎となって立ち現れてくるストーリーと符合している。不穏さに不穏さを重ねていった先にあるものについては、ここでは触れない方がいいだろう。最初から最後まで一貫して、日常的な出来事が不気味なものとして主人公と観客を追い詰めていく『目撃者』の技巧は、本当に見事なのであった。

【作品データ】
「目撃者 闇の中の瞳」公式サイト
監督 チェン・ウェイハオ
出演 カイザー・チュアン シュー・ウェイニン アリス・クーほか
1月13日より全国順次公開

STORY
事件記者シャオチーは、取材後に交通事故にあったことがきっかけで中古で買った自分の愛車が事故車だったことを知る。9年前に自身が目撃した交通事故の被害者側の車だったことを知った彼は、独自にその事故について調べ始めるが……。
(しげる)
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