「マスクをかぶっているときは、どれだけ心が強くいれるかってことなんですよね」
そう言って斎藤工はロケバスを降りる。謎のピン芸人「人印(ピットイン)」が初めて人前に現れたのは、渋谷のスクランブル交差点だった。『MASKMEN』(テレ東)、第2話のタイトルは「誕生」。

用意された3つの「マスク」
その6時間前の2017年9月23日14:00。第1話で「本気で芸人になる」と宣言してから1週間後のこと。
斎藤工はくっきーの元に向かっていた。依頼していたマスクが完成したという。「楽しみですね」「期待しかないです」と胸を膨らませる。
斎藤工がくっきーに会うのは、自身が監督した映画にくっきーが出演して以来、約1年ぶり。くっきーはマスクのみならず、芸名や衣装、ネタ、音源に至るまで全てを用意して待っていた。「人印(ピットイン)」という名前もここで初めて明かされる。体型で斎藤工だとバレないよう、黒タイツの下にはお腹をぽっこりさせるクッションを入れた。
さて肝心のマスクである。「3つ作った」というくっきー。1つ目。カニの甲羅。「すごいカニの匂いします」と、素直に顔に装着する斎藤工。しかし目元も口元もモロに出ているので、バレないか心配だ。サングラスと入れ歯をつけてみる。しゃべりづらい。
2つ目。フェラーリのミニカーを頭のてっぺんに乗せる。「フェラーリに目が行っちゃうんですよ」とくっきーは言うが、顔はノーガード。バレないか心配だ。
3つ目でようやく現在の形のマスクが出てきた。小道具は奇抜だが、3ステップにわけた丁寧なフリである。小藪一豊がくっきーを指して「型にハマってない無茶苦茶なボケしとる見せかけて誰よりも基礎通り」(『野性爆弾のザ・ワールド チャネリング』より)と発言していたことを思い出す。
誰かの世界に身を委ねるということ
衣装とマスクが決まったところで、肝心のネタである。さっそく台本を見ながら用意した音源を聞く二人。Macからくっきーの歌声が響く。
♪大正昭和にご苦労さん マダム一重にまぶたにシャウ 外国ゴハンに目がくらみ ネオな人民こんにちは〜
人印「シュコー」
歌声に続き、音源は「みなさまご機嫌麗しゅうございます。奇妙でございましょう?奇妙でございましょう?」とくっきーが語り、人印を紹介する流れになる。挨拶をさせたいのに、人印は「シュコー」しか言わない。しびれを切らし「ジャブ、ジャブ、ストレート!」と殴りかかる声。それでも何度も響きわたる「シュコー」。
シュコーの連発に笑いをかみ殺すくっきー。
台本を手に戸惑いの表情を浮かべる斎藤工。
最後はシンセサイザーの不協和音をバックに「ねぇママ 人間ってどうしてしゃべれるの」「それは弱い生き物だからよ」と、くっきーの高い声で終わった。
齊藤「これは……わ……ら……う、タイミングってどうなんですか……どこで笑うのかなと……」
くっきー「シュコーで笑いますね」
齊藤「シュコー、笑いますかね」
くっきー「(食い気味に)シュコー笑いますよ」
齊藤「そう……ですか……」
笑顔を作ろうとするが、固まっている斎藤工。これまで「くっきーさんの世界に飛び込む」「メチャメチャにしてもらう」と宣言していたが、いざ「世界」を前に足がすくんでいた。誰かが作った世界に身を委ねるには、自分を捨てなくてはいけない。飛び込むまでの高度は、思っていた以上に開いていた。
流れを確認したので「シュコー」の演技指導に入る。くっきーは「人間っぽさが出たらダメ」という。シュコーだけで喜怒哀楽を表現してほしい。例えば、手を叩く「パン!」という音にも感情を出せる。
くっきー「楽しいときの(パン!)怒ってるときの(パンッ!)一緒の音じゃないですか。
この指導に対する斎藤工のリアクションは「能とか狂言とかと一緒ですか」だった。
能面で顔を隠しながらも喜怒哀楽を表現する能。マスクで顔を隠しながらシュコーで喜怒哀楽を表現する人印。くっきーも「まさにそうです!」と食いつき。「能の最終形がこれやと思ってください」「能ですこれは」と続ける。
京都の清水寺にある檜舞台は、能や狂言などの芸能を奉納するための場所だという。人印=能となった斎藤工は、まさに「清水の舞台から飛び降りる」心持ちだろう。くっきーから「あなたのネタですから」と背中を押された斎藤工は、「人の集まる場所でリアクションを見たい」と切り出す。人印が飛び降りる先に選んだのが、冒頭の渋谷のスクランブル交差点だ。
芸人「人印」の誕生
デビューの場所に選んだのはQFRONT前。交差点の信号待ちをする人で溢れるなか、人印はストリートミュージシャンと距離をとりながらスタンバイ。
♪大正昭和にご苦労さん マダム一重にまぶたにシャウ 外国ゴハンに目がくらみ ネオな人民こんにちは〜
気を引かれスマホを向ける人もいるが、足を止める人はまばらだ。マイクを通さない「シュコー」の声は頼りなく、信号が青になると人の波が動く。声で殴られるくだりも、フックとアッパーの避け方が逆になってしまった。
斎藤工とバレないままネタを終え、人印はスクランブル交差点から退場する。カメラはゆっくりと引いていき、「こうして、斎藤工改め、芸人『人印』は誕生した」とナレーションが入った。
そういえば「芸人が誕生する瞬間」を意識したことがなかった。一人でネタを作り、誰にも見せていない状態では「芸人」と名乗りづらいだろう。不特定多数の人にネタを見てもらって、初めて「芸人」と言えるのかもしれない。たとえそれが劇場ではなく、ストリートだとしても。
だが、人印は形から入ることでやっと「0から1」になった状態だ。1から100まで持っていくためには、未だ多くの課題がある。今夜放送の第3話のタイトルは「始動」。予告では、ネタ見せで「芸人なめんなよ」と怒られ、くっきーからは「まだ残ってんねん!かっこいいお前が残ってんねん!……取っ払え!」と叱られている。マスクは整った。次は中身の戦いが始まる。
ちなみに、2018年1月20日に行われた『R-1ぐらんぷり』2回戦で人印は敗退。対して、『MASKMEN』第1話で斎藤工と対峙していた曇天三男坊は3回戦に進出した。『MASKMEN』内の時の流れは2017年9月なので、この状況に至る流れも今後放送されるかな……と期待したい。あんなに論破されていた曇天三男坊のコメントが知りたいのだった。
(井上マサキ)
『MASKMEN』公式サイト
ネットもテレ東