
リクルートホールディングスはシルバーウッドと共同で、ワーキングマザー/ファーザーの1日を疑似体験できるVR(バーチャルリアリティ)を開発、社内研修の本格活用に着手した。これは、管理職がワーキングマザーやワーキングファーザー特有のライフスタイルへの理解を深め、強みを活かすマネジメントのあり方を検討することが目的だ。
今回、育児VRの開発にあたった同社人事統括室 ダイバーシティグループの小見智美氏と、実際にVRを体験したリクルートマーケティングパートナーズ マリッジ&ファミリー事業本部営業統括部の杉一輝氏にそれぞれ話を聞いた。
少しでも多くの管理職に「育児と仕事の両立」を理解してもらう
――VRの開発経緯ついてからお願いします。
小見智美(以下、小見) 開発に至った経緯は非常にシンプルで、子育てをしながら働くことへの管理職の理解を高めたかったということにつきます。現在リクルートグループでは男性女性共に子育て中の従業員が多く、ワーキングマザーが約5人に1人います。このような環境下で、女性はもちろん、男性の育児と仕事の両立を応援する立場から、今以上に子育てをしながら活躍できるようさまざまな取り組みを実施しています。
参考にしたのは、リクルートグループのひとつであるリクルートマーケティングパートナーズが2016年より実施している、社員向け育児体験プログラム「育ボスブートキャンプ」です。これは、実際の家庭での4日間の育児体験インターンを含めた全40時間のプログラムで、社会的重要なテーマである「育児しながら働く人」の生活体験をきっかけに「ダイバーシティ&インクルージョン」の理解促進を目指しているものです。
このプログラムで得られる貴重な経験を、場所や時間に限らず希望する管理職全員が体験できるようにと開発したのが今回のVRです。VRでの疑似体験を通し、少しでも多くの管理職に、育児と仕事の両立の生活体験への理解を深めてもらいたいという思いを込めています。

――育児VRとリアル体験である『育ボスブートキャンプ』との違いは
小見 「育ボスブートキャンプ」はリアルな体験ですので理解が深まるメリットが多いです。一方で育児VRは10分で疑似体験が可能です。育児VRの疑似体験後、本格的に「育ボスブートキャンプ」でリアル体験したいと挙手をしていただければ仮想とリアルの双方向での利点があると思います。
――育児VRは、実際のワーキングマザーの1日が生々しく描かれ、リアルを感じました。
小見 社員から、「マネジメント層の応援を得られたら嬉しい」という声をヒアリングし、可視化しました。ただ、育児VRを体験したワーキングマザーからは、「平和ですね」という意見もありました。映像内では3人の子どものうちの1人がご飯をひっくり返すシーンが登場しますが、同時に複数の子どもがひっくり返すのが現実という話もうかがいました。
――社内の声としては。
小見 先日、管理職を集めた研修しましたが、ワーキングマザーの1日や、退勤後、すぐに子どもを迎えに行かなければならないという時に、どういう感情を抱いているかの理解が深まったという声がありました。
――杉さんは育児VRを体験してみていかがでしたか?
杉一輝(以下、杉) 頭で知っていることと、VRで実際に近い体験をすることでは、まったく違いました。育児VRは3人子どもがいて、食事の用意から寝かしつけるまで、空く時間はまったくなくやることがいっぱい。子どもを寝かしつけてから作業を開始するのは想像以上に大変だなと実感しました。

――この寝かしつけ後からの作業について開発者の狙いは。
小見 通常深夜作業が発生する場合は上長への事前申請が必要で、かつ深夜残業は奨励されていません。ですが、あえてこのシーンを入れたのは、マネジメント上の配慮を促すためです。
「ワーキングマザーに仕事を任せられない」という考えになってほしくない
――部内の雰囲気をどう変えようと考えましたか。
杉 なにかあったときは在宅勤務・リモートワークを進め、ワーキングマザー/ファーザーが休んでも問題ないような体制を心がけています。もともと、会社全体として働き方改革を進めているので、在宅勤務・リモートワークを活用しやすい文化もあり、私としても無理してオフィスで働かなくてもいいよというメッセージを発しています。
――開発者がこのVRに込められた思いと願いとはなんでしょうか。
小見 今以上に、育児というライフイベントと仕事を当たり前に両立できるようになってほしい。そしてワーキングマザー/ファーザーの強みと特性を現場で活かせるように応援していきたいです。
ただし、育児VRでの疑似体験後、衝撃を受けて、「ワーキングマザーは大変だね。仕事をあまり任せられないかな」という考えになってほしくないのです。
VR研修に参加した社員には、ワーキングマザー/ファーザーに対して管理職が明日からどのようなマネジメントやコミュニケーションを行うか、ということを決めてもらうのですが、その中で「組織としてカバーするためのチーム設計を考える」という話を聞くことができました。
――ワーキングマザーが働きやすい環境はどうあるべきだと考えますか。
杉 VR体験後に、VRを開発した講師の方に「不便ではあるけれど不幸ではない」というメッセージをもらいました。ですので、管理職がワーキングマザーに対して、コミュニケーションとして、「いつも頑張ってくれてありがとう」という感謝を伝えるべきです。
――仕事は属人化しやすいです。ここの難しさどう乗り切っていますか。
杉 従業員個人が隣の仕事を見ているかといえばそうではないです。いつも俯瞰的に仕事を見ているのはマネージャーとチームリーダーです。とはいえ、これは個人で仕事をするよりも数人で仕事をした方が効率はいい、ためになると判断すれば、数人でチームを組むことで引き継ぎもしやすく、仕事の属人化を防いでいこうと心がけています。
介護のVR体験も検討
――今回は育児のVRでしたが、ほかへの展開は。
小見 育児だけではなく、ライフイベントは他にもあります。リクルートグループ1.2万人に毎年ダイバーシティアンケートを行っているのですが、「いずれ介護に取り組む必要があると思う」との声が年々高くなっています。
共同開発社であるシルバーウッドは、認知症患者が見えている世界をVRで演出していますが、セットで介護の1日を疑似体験するVRを開発することも検討中です。問題は、育児と異なり、介護は個別性が強く、「これが介護を行なっている平均的な1日です」と表現することは難しいのです。ですから、開発が決まれば、育児と同様に詳しいヒアリングから入ることになるでしょう。
――今後の展開について
小見 今後はリクルートグループ内の管理職に普及することを第一に、社内の管理職向け研修での活用を考えています。直近では、4月に一部事業会社で実施する組織長向け研修内のワークショップで使用します。
リクルートグループでは仕事と育児の両立を応援してきましたが、これからもワーキングマザーやワーキングファーザーが強みを発揮しながら活躍できる環境の整備を進めていきたいです。ある管理職からは、「2時間、講演で話を聞くよりも、10分の育児VRで疑似体験した方が、より深く気持ちが寄り添えるようになった」との話もうかがいました。VRを研修に用いることが当たり前の光景になるよう、進化を続けていきたいと思います。
――ありがとうございました。
(長井雄一朗)