金融業界の常識「テレワーク導入は困難」をあおぞら銀と三井住友海上はなぜ打ち破れたのか
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2020年の東京五輪では国内外から観光客が集まり、交通混雑が予想される。2012年ロンドン大会では、ロンドン市交通局の呼びかけにより、市内企業の約8割が開催までにテレワークを導入し、混雑を回避した。
2017年、東京五輪開会式が行われる7月24日を「テレワーク・デイ」と設定、約950団体、6.3万人が参加した。今年の7月23日~7月27日では各企業・団体の状況に応じて、24日+1日の計2日間以上を「テレワーク・デイズ」として実施する。2000団体・延べ10万人の参加を目標とする。

そんななか、テレワークマネジメントは「第70回テレワーク・ミニセミナー」を都内のホテルで開催。テレワークの導入が困難とされてきた金融業界で、その常識を打ち破ったあおぞら銀行と三井住友海上火災保険の人事担当者が登壇した。金融業界で困難な理由は、もし情報漏洩や個人情報などを紛失した場合、金融庁に届け出る義務があるからだ。2社はどのようにしてテレワーク導入に至ったのか。

今回のミニ・セミナーでは、「“あおぞら”らしい働き方改革について」「MSクラウドソーシング(三井住友海上の育児休業者員による在宅勤務)」と題してあおぞら銀行と三井住友海上火災保険の人事担当者が登壇し、講演を行った。説明者はあおぞら銀行の人事部企画課長兼業務課長兼総務課長の有賀孝史氏と三井住友海上火災保険の人事部企画チーム兼働き方改革チーム課長の荒木裕也氏。

あおぞら銀の場合:長く働くことが美徳とされる文化「このままでは存続にかかわる」


金融業界の常識「テレワーク導入は困難」をあおぞら銀と三井住友海上はなぜ打ち破れたのか
あおぞら銀行の有賀孝史氏が「働き方改革」について解説

まず、あおぞら銀行の事例から見てみよう。
あおぞら銀行でテレワークを導入できたのは2つのポイントがあったという。テレワーク導入について社長をはじめ経営陣の同意が得られたことと、IT担当者・法務担当者と情報漏洩やウイルス感染のリスクについて事前に話し合い、お墨付きを得られたことだ。

有賀氏は、つきあい残業や長く働くことが美徳とされる古い文化があったことを問題視し、「このままではあおぞら銀行の存続にかかわる」と考えるようになったという。

同行では、2017年1月から全行20時最終退行を実施。「銀行は紙の文化」と述べる有賀氏だが、2017年5月の本社移転を機に、ペーパーレス施策として旧本社に保存していた文書の60%削減に成功しているほか、2017年5月には一部をフリーアドレス化した。

さまざまな働き方改革を断行中のあおぞら銀行では、行員の意識改革調査アンケートを毎年実施し、幅広く行員の声、意識や課題を吸い上げている。また、行員が長くあおぞらグループで活躍していくことを目的に2018年1月に「働き方改革協議会」を設置し、統一感を持たせつつ、満足度向上に向けた施策を展開中だ。同協議会のポイントは、代表取締役副社長を委員長として、経営層がしっかりとコミットしつつも、リアルタイムに行員の意見を反映するため、従業員組合も参加していることだ。
「重要なのは従業員目線」(有賀氏)。銀行と行員がお互いWin-Winの関係を構築するには、まず銀行が働きやすさを提供し、行員がやりがいをもって働く必要がある。

2017年4月から導入されている「在宅・モバイル勤務制度」では、部署・業務内容・利用目的を限定せず、上司が認めれば誰でもテレワークができる。前日までに上司の了解を得て、当日はテレワークで業務開始、終了後はメールか電話で連絡する。自宅だけではなく、外出先、出張先、移動中でも利用可能で、週1日出社することが義務づけられている。テレワークの弱点である「働きすぎ」の対策として、深夜・休日勤務は原則禁止している。

最大の問題であるセキュリティ関係では、銀行貸与のモバイルPCを利用するか、自宅PCから業務ツールへのアクセスにワンタイムパスワードを設けることで解消した。

利用者からは、「自分の業務に集中でき、作業が進む」「通勤不要で往復2時間が有効活用でき、家事、通院を済ませ、睡眠時間も増えた」「地域とのコミュニケーションが増えた」などのメリットがあがった。一方で「コミュニケーションが取りづらい」などのデメリットの声もあったという。

ただ、働き方改革全般の課題も多く、「仕事の満足度が変わっていない」という意見が多数あり、業務時間の短縮により、業務スキルの向上・能力開発への時間が削がれていることや残業手当減少への不満も寄せられるなどの問題点も浮上した。
「これは今後の課題であり、可能な限り業務効率化をはかっていきます」(有賀氏)

三井住友海上の場合:「テレワークは本当に生産性を高めるのか」という疑いの目もあった


続いては三井住友海上火災保険だ。
同社のテレワーク導入の決め手は「情報漏洩が起きない」「働き方が柔軟になることで生産性がさらに向上する」ことの2点。実際、同社はテレワークを導入した結果、社員意識調査において、「時間生産性」や「ワークライフバラスの充実」等に関する回答スコアが大幅に上がったという。一方で、情報漏洩がもたらす最大のリスクは顧客からの信用を完全になくすことで、あってはならないことだとあらためて訴えた。
金融業界の常識「テレワーク導入は困難」をあおぞら銀と三井住友海上はなぜ打ち破れたのか
三井住友海上火災保険の荒木氏

三井住友海上は2018年4月から「多様な社員全員が成長し、活躍」を目指し、「働き方改革Step-Up2018」を開始。これまでも「遅くとも原則19時前に退社ルール」を実施するなど働き方改革に努めてきた。

2016年10月から本格的に働き方改革を開始。2017年度は前年度と比較して、「在宅勤務制度利用者数」が延べ334%増、シフト勤務制度導入職場数261%増、時間生産性の意識向上13%増、ワークライフバランスの実感11%増、ペーパーレス契約数の増加割合10%増、残業時間は10%減、高ストレス者数割合17%減となった。
「在宅勤務の導入に対しては、当時、部内外から懐疑的な意見がでました。
それでも本格的に導入できたのは生産性が上がるという実証結果があったからです」(荒木氏)

テレワーク導入に反対する意見のなかには、前述の金融業界特有の情報漏洩問題に加えて、「生産性が落ちるのではないか」という疑いの目があった。「生産性の低下」という意見に対しては、「しっかりと成果を求めていけば本人にとっては楽ではなく、逆に集中して行える」と説得を続け、テレワークの実現にこぎ着けた。

結果、保険料収入は、大手三社で一番の増収率であったにもかかわらず、平均残業時間は10%減少した。
「ある男性社員は20%~30%残業時間を減らすことに成功しました」(荒木氏)

2017年度では、全店で延べ約2,400名以上利用し、営業部門の場合、午前は代理店訪問を行い、午後から在宅勤務で提案書などを作成する。内務部門では、契約書のデータ精査、営業推進用のデータのとりまとめ、代理店照会案件の集中回答、たまったペンディングを一掃するなどの業務などでそれぞれ在宅勤務のあり方も異なっている。
在宅勤務実施者288名のアンケートを集計したところ、「職場メンバー等に迷惑がかかる」ことに65%が「不安」と回答していたが、実施後は79%が「支障がなかった」との回答。また「自宅では仕事に集中できない」について実施前は38%が「不安」と回答していたが、実施後は、79%が「支障がなかった」と回答した。事前と事後では受け止め方が異なる回答結果となった。

それではなぜ、一気にテレワーク導入が進んだか。
「仮想デスクトップのノートパソコンを全社員に配布し、シンクライアントPCの徹底活用に尽きます。マイクロソフトの方から助言をいただきましたが、在宅勤務やテレワークには反対論をいう人がいます。反対論の情報漏洩リスクや生産性低下を懸念する声は大きいのですが、それらのリスクと、全員がテレワークをやった時の生産性向上や社員の幸せの総和を考えた場合、後者の方が支持されます。
みなさんもテレワークの導入にあたっては反対論の壁があると思いますが、それで説得しはいかがでしょうか」(荒木氏)

「2018年のテレワーク・デイズ」が目前と迫っている中で、多くの企業がテレワークの導入を検討している。特に、今回事例に上げた金融2社でも情報漏洩のリスクを超えて、生産性の向上や社員全体の働きがいを選択し、テレワークを導入した意義は大きい。「テレワーク・デイズ」を機会に、東京五輪までにテレワークが広がることを願うばかりだ。
(長井雄一朗)
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