農場侵入し殺される象も マレーシアが悩むアジアゾウの保護施設へ行ってみた
国立象保護センターでの餌やりの様子

急激な人口増加と森林開発が進むマレーシアで、絶滅危惧種であるアジアゾウと人間のトラブルが増えている。

ここ30年でマレーシアの人口は2.5倍も増え、以前と比べ宅地化が進んだ。
マレーシア・パームオイル・ボード(MPOB)によれば、マレーシア全体のパームオイルプランテーションも、1975年から約30年間で6.7倍に拡大した。これにより移動性の高い動物である象が、食糧を探して付近の農園へと迷い込むことが増えた。そこで住民との衝突が起きている。

この象など野生動物と人間との住み分けをどうするかが、今マレーシアでは課題になっているのだ。

東京ドーム4個分の巨大保護センター


象と人間との問題を解決するべく活動する政府支援の団体が国立象保護センター(National Elephant conservation Centre)だ。同センターは、首都クアラルンプールから車で2時間ほど北東に行ったパハン州にある。パハン州は、州の大半が熱帯雨林で覆われており、マレーシアで最も有名な国立公園タマンネガラのジャングルがある州でもある。


1989年設立されたこのセンターの主な役割は「近隣住民から抑圧されているゾウを国立公園など適切な生息地に移送する」「密猟者やトラなどに傷つけられ、野生で生きられない象や孤児の象をセンターで保護する」「象の保護に関する啓発活動を行う」という3つだ。
農場侵入し殺される象も マレーシアが悩むアジアゾウの保護施設へ行ってみた
センター内では1日1回ショーが行われる

象、訪問者、行政のための施設を備えた国立象保護センターだけでも20ヘクタール、東京ドーム4個分あるが、その周りには広大な森林で覆われる野生動物保護区がある。その大きさは、なんと淡路島に匹敵する。そこへ孤児の象、ケガをしている象を移送し、保護している。

農場を荒らす象は今まで殺されていた


マレーシアに生息する野生のアジアゾウは、同センターによれば、わずか1200頭ほどだと推定されている。過去30年間、24人の強力な移送チームが800頭以上の野生の象を移送させることによって、象の頭数がさらに減少するのを防いできた。1972年までは農場を荒らしたり、民家に下りてきて困るという場合、象は殺されていた。


野生の象を捕獲することは簡単ではない。そこで近隣諸国からやって来たベテランの象たちが活躍する。センター設立以前は、マレーシアには、人間に飼いならされた象がほとんど存在しなかった。そのため言葉をいくつか理解できるタイ、インド、ミャンマーなどの象に来てもらい、移送時に通訳として協力してもらっている。それらの象は、タイ語 ミャンマー語、インド語などで人間の指示を理解するよう訓練されている。
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水浴び帰りの子象

像の捕獲にはロープを使う国もあるが、マレーシアは木が入り組んだ森であるためロープが使えず、麻酔が最善だとされる。
捕獲して麻酔が覚める薬を打った後、ベテランの象を2匹連れて来させ、野生の象と交流させる。鼻を絡めたり、ベテラン象が野生の象の目や頬をなでて、「心配しなくていいよ。この人たちが安全な森に連れて行ってくれるから」と伝えてくれているようだ。すると、ベテランの象に挟まれて、捕獲された野生の象は落ち着いた様子で、一緒にトラックのある場所まで歩いていく。


大きなリスクが伴う象の捕獲と移送


現状、麻酔を使っての捕獲がベストだとされているが、実はさまざまな問題もある。捕獲時に象を傷つけてしまうリスクがあるのだ。象を麻酔で眠らせ、移動時に暴れないよう足に一時期的に鎖をつけるのだが、捕獲した時間が夕方だと輸送は翌日になる。
麻酔から覚めた象がパニックを起こして、鎖を引きちぎり足を傷つけたまま逃亡することもある。
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足が曲がっている象


通訳の象が森の奥深くまで入れないときは、野生の象を鎖で引っ張り、通訳の象が待機する場所まで連れこなければならない。

家族がバラバラになってしまう問題もある。普段は群れで動いている象たちだが、群れごと捕獲することが難しいため、基本的には捕獲できた数頭だけを移送する。移送先でしばらく疲労で動けない象、涙を流している象などを見ると心が痛む。

麻酔が覚めた後、すぐに移動するため、ふらふらとしながら移動しなければならず象の負担も大きい。
国立公園タマンヌガラに行くには、川を移動するため途中で貨物船に乗り換える必要があるが、この作業に1時間以上かかることもある。陸路で10時間以上、さらに水路で8時間かかることもあり、ストレスに弱い象には命がけの大移動になる。繊細な象は、移動先で残念なことに死んでしまうこともあるという。

保護された子象の水浴びをお手伝い


国立象保護センターは、1997年に一般に公開されるようになって以来、活動を知ってもらう取り組みとして、象に関する展示、野生の象の捕獲と移送についてのドキュメンタリービデオの上映、象と触れ合う機会を提供している。入場料は基本的に無料(寄付を募っている)。1グループあたり50リンギット(約1500円)でガイドも付けられる。

子象の水浴びのお手伝いは、1日に1回だけのアクティビティ。
訪問当日、私たちが案内された3歳の雌の子象ランサーは、3歳とは思えないほどの巨体で、気持ちよさそうに川につかっていた。4人ほどのグループに分かれて、3人の象使いが安全のために周りを囲む中、私たちは「ランサー」と声掛けをしながら、背中に水をかけたり、川底の土で皮膚をマッサージしたりした。
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大人の象の水浴び

象使いの一人が象のしっぽも見せてくれたが、近くで見ると太くて黒いプラスチックのワイヤーのようだ。想像していたしっぽとはだいぶイメージが違う。ゴワゴワとした毛がたくさん生えている分厚い皮膚にも驚いた。

1日に1回しか象を訪問者に見せないなど、象のストレスを最小限に抑えるための工夫もされている。2001年から2012年までは、象に乗ることができたが、象の負担をなくすため今は禁止されている。

とても頭がいい象、とてもお金がかかる象


ガイドのアミルさんによると、象はとても頭がいいそうだ。飼育員のまねをして、象も鼻をつかって蛇口をひねり水浴びしたり、引っこ抜いた木で広大な敷地を覆っている柵を倒し、脱走を試みたりと面白いエピソードを聞くことができた。
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ガイドのアミルさん

木の棒を鼻で拾ったり、頭を下げてあいさつするなど象に負担のない形で行われる簡単なショーの後に、象に果物を食べさせることもできる。手で持ったスイカを出すと、鼻で器用につかんで口に運ぶ。わりと大きなスイカだったが、一口で平らげてしまい、次から次に差し出される手をめがけで長い鼻が移動する。ぬめぬめと湿った鼻が肌に触れるだけで、子供たちはうれしくて大騒ぎだ。

センターで保護されている象は全部で25頭。レンダンという名前の12歳の子象は、密猟者に仕掛けるられたわなに足が挟まり片足を失った。普段は義足をして歩いている。今は元気に回復して、子供たちの手からうれしそうにサトウキビのおやつをもらっている。
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象に餌を渡す訪問者

象の食事は1日に約130キログラム、費用も1日だけで1頭あたり100リンギット(約3000円)かかる。センターには25頭の象が保護されているため1日の食費だけでも2500リンギット(約7万5000円)だ。また、近隣住民から抑圧されている象を国立公園など適切な生息地に移送する際には、1頭あたり、5万リンギット(約150万円)以上が必要となる。これらはマレーシア政府からの援助と訪問者からの寄付により運営されている。

2020年に先進国入りすることを目標に掲げ、著しい経済発展を見せるマレーシアだが、豊かな自然を守ることと期待される経済成長のはざまで、人と動物がいかに共存できるか、解決策が問われている。
(さっきー)