大河ドラマ「西郷どん」(原作:林真理子 脚本:中園ミホ/毎週日曜 NHK 総合テレビ午後8時 BSプレミアム 午後6時) 

第12回「運の強き姫」3月24日放送  演出:津田温子
「西郷どん」12話 なぜか篤姫輿入れ問題を手厚く、藤田東湖と尊皇攘夷をスルー
「司馬遼太郎」で学ぶ日本史 (NHK出版新書 517) 
「西郷どん」時代考証のひとり・磯田道史が、戦国から明治維新から昭和前期における日本の誤りを司馬文学から読み解く。17万部突破しているベストセラー

今日の放送は、制作裏話だけれど


4月1日は、大河初の試みで、ドラマはお休み、ドラマの裏話を伝える「『西郷どん』スペシャル~鈴木亮平×渡辺謙の120日~」が放送される。
ドラマの合間に、ドラマを振り返る企画を挿入することが、視聴者にどう受け止められるか興味深い。

それはそれで楽しみだが、忘れてしまわないように、12話を振り返っておきたい。


11話に続き、津田温子が演出を担当。

安政2年、島津斉彬(渡辺謙)が特赦令を出し、島流しになっていた、大久保正助(瑛太)の父・次右衛門(平田満)が帰って来た。
その頃、江戸では、幾島(南野陽子)が、篤姫(北川景子)の輿入れが2年も進まない事に業を煮やし、独自に動き出す。
「当節はおなごとてご政道の裏に通じておりますゆえ」(幾島)
と、大奥のちからを借りて縁談を進めようと、まず、品川宿で女たちから情報収集したのち、たくさんの献上品を携えて、大奥最大の権力者・家定の母・本寿院(泉ピン子)に接近する。

我が子をひとりにしてほしくない。あの子を置いて先立つことだけはしてほしくない、と願う本寿院。
何人もの御台所に先立たれた公方は、死なない御台所が欲しいと言う。
「死んだ 死んだ また死んだ・・・」
アヒル(鴨)の亡骸を抱えてそうつぶやく又吉直樹の厭世的な雰囲気は、さすが太宰治を愛する人物だけはあってハマっていた。

女が抱く、子どもへの想い


やがて、篤姫の身体の丈夫さと運のおそろしい強さが武器になり、御台所の座を獲得することに成功する。
だが、吉之助(鈴木亮平)は、公方(又吉直樹)は子どもができないらしいという話を聞いて、心配でならない。

現代では、男性にも原因があることが周知されるようになっているが、かつては子どもができないと一方的に女性のせいになって、離縁されて実家に返されたりしていたもの。
篤姫の場合は、子どもができないことを知りながら、政治のために嫁がないといけない。
子どもをもつことができないことに絶望しながらも、幾島は、篤姫が大奥でひとりでも強く生きていけるように、身も心も鍛えようと必死になる。

そののち、大地震が起きたとき、篤姫は地震の恐怖も手伝ってか、思わず「つれて逃げて」と西郷にすがりつく。
すぐわれに帰って、自己犠牲する覚悟を決めるものの、若く健康な女が、西郷の健康的で強靭な肉体に心惹かれるのも無理はない。
女性のごく当たり前の生理を描いている中園ミホは、朝ドラ「花子とアン」(14年)でも、蓮子(仲間由紀恵)を通して、女性性を濃密に描いていた。朝ドラではそこまで詳しく触れていないが、蓮子が嫁いだ伝助(吉田鋼太郎)のモデルとなった伊藤伝右衛門は女遊びが激しい人物ではあったものの、そのせいもあってか、蓮子のモデルである白蓮が嫁いだときには子どものできない身体になっていた。気の進まない結婚とはいえせめて子どもができればという白蓮の希望が潰えてしまったことから結婚生活が破綻していく。理屈だけでは済まない男と女には事情があることが「西郷どん」でも、そこはかとなく匂って、大人のドラマになっている。

また、「花子とアン」153話で、戦争で息子(駆け落ちした相手と子どもをつくった)を亡くした蓮子の台詞「もしも、女ばかりに政治を任されたならば戦争は決してしないでしょう。かわいい息子を殺しに出す母親がひとりだってありましょうか」は、「西郷どん」11話、慶喜(松田翔太)の「ここにはどうやらまともな父親は誰ひとりおらぬようだな。幼子が死んだというのに祝いの酒を交わしておる。篤姫とかいう娘の行く末も思いやられる。何が日本国じゃ、わしはつきあいきれん」という台詞と呼応する。男は、己の野心のために、子どもを犠牲にするが、女性はそれをしないと、中園は、繰り返し書いているのだ。


これを視聴している男性視聴者は何を感じているだろうか。

林真理子の原作では


こんなふうに、篤姫と幾島の極めて重い絶望と、政治の裏に女がいること(由羅も含めて)を手厚く描いたことによってか、同じ頃に、西郷が出会った、藤田東湖のエピソードがまるまる抜けてしまっている。
林真理子の原作「西郷どん!」では、吉之助が、水戸の宝と称される藤田東湖と戸田蓬軒と出会い、藤田の口から「尊皇攘夷」の言葉を直に聞いて感動、尊皇攘夷の意思を強くする場面が描かれている。
原作では、篤姫と出会うのも、江戸に来てからだ。
12話で「ふとかおなごでおられもすな」と幾島が篤姫のことを言う。強いというかたくましいという意味であろうが、林真理子の原作「西郷どん!」では、篤姫は「むっちりと肉がついた」女性として描かれている。「肥満というほどではないが、活力に満ち溢れている」と。原作の吉之助は、地震でだめになった婚礼道具を再びそろえることに奔走するのだ。

目下、女性の話が手厚く、吉之助が幾島の影に隠れてしまって見えるので、「『西郷どん』スペシャル~鈴木亮平×渡辺謙の120日~」で、一旦、男の話に引き戻すのも悪くないかもしれない。
(木俣冬)
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