
長〜いビャンビャン麺
本格的な日式ラーメンが定着したロンドンでは今、「ビャンビャン麺」と呼ばれる珍しい名前の「油そば」が、じわりと広がりつつある。ビャンビャン麺とは、ラーメンの本場・中国にある、せん西省のご当地麺だ。
せん西省は秦の始皇帝の墓所・兵馬俑で名高い、省都・西安市(かつての長安)を擁する地域でもある。
「ビャン」とはオノマトペ(擬音語)で、麺の生地を打ち延ばす際の音に由来する。日本語だと「パチン」に近い音だ。「ビャン」を表記する漢字は58画あり、中国では極めて複雑な合字として知られている。書き順の覚え歌もあるほどだ。
ビャンビャン麺の妙味は平たく長〜い手延べ麺にある。そもそもラーメンの「ラー(拉)」とは、「引っぱる」という意味。手延べ麺こそが元来のラーメンなのだ。 麺一本の長さは3〜4メートルにも達する。そのビャンビャン麺が英タイムアウト誌やインディペンデント紙にも紹介されロンドンで話題になった。
平たい、長い、すすれないビャンビャン麺
ロンドンでビャンビャン麺を扱っているのが、市内中心部西寄りのメイフェア地区にある「マーガー・ハンハン」だ。ロンドナーがビャンビャン麺に魅了されるきっかけとなった店である。同店は日式ラーメンの激戦区であるロンドン・ピカデリー地区に程近いが、雑然とした繁華街ではなく、メイフェアというロンドンきっての高級志向の地区に属している。
ちなみにビャンビャン麺と並んでロージャーモー(マーガー)と呼ばれる古代中華バーガーも同店の名物料理だ。

メイフェア地区にある「マーガー・ハンハン」
さて、ビャンビャン麺が運ばれてきたので、さっそく食べてみることに。まず、ビャンビャン麺のどんぶりの底には、しょうゆベースの濃いめのタレ、酢、ラー油、塩、唐辛子、ニンニク、ショウガ、角切りのジャガイモ、キクラゲなどが入っている。それを白菜とチンゲン菜と併せてゆでられたビャンビャン麺に絡めて食べる。 よく混ぜることが必要な点は日本の「まぜそば」に近い。混ぜることにより酸味、塩っ気、辛さが調和する。まぜそばともなると、最後に残ったタレに「追い飯」と行きたいとこだが、残念ながらメニューにご飯はない。
トッピングの具材はお好みで、長ネギ、トマトと卵の炒め物、豚の角煮などを加える。辛さは、甘口、中辛、辛口と3段階で選べるが、甘口でも十分に辛く、辛口だとむしろ激辛に近いので、辛さが苦手な人は注意が必要だ。

マーガー・ハンハンのビャンビャン麺
麺はとにかく平たく長い!手延べ麺のために厚みや幅が一様でないが、全体的にモチモチしている。箸でかき分けながら麺の先を探そうとしたが見つからない。箸で麺を持ち上げようとするも汁が飛び散ってしまう。
日本流に麺をすするのも至難の技だ。しかし楽しい!
せん西省において、「腰帯」に例えられるビャンビャン麺は 、せん西八大怪の一つに数えられている。その帯状の麺は名古屋の「きしめん」、群馬の「ひもかわ」や岡山の「しのうどん」に代表される「平打ちうどん」にも近い。

ビャンビャン麺の生地を打ち延ばすルーマニア人シェフのコスティさん
もともとベジタリアン向けな西安の食文化
せっかくなので、マーガー・ハンハンのマネジャーであるティン・リさんに、もっとビャンビャン麺について話を聞いてみた。

マーガー・ハンハンのマネージャーであるティン・リさん
――同店は西安と同じ味の正真正銘のビャンビャン麺を再現するように心がけているとのことですが、ロンドンと中国で勝手が違うことはありましたか?
ビャンビャン麺の職人をロンドンで育てるのが大変でした。最低でも3〜4カ月はかかります。
――ふるさとの味を求める現地の中国人客が多いのでしょうか?
中国人を筆頭にアジア人は多いですが、客層は実にさまざまです。欧米人、そして場所柄から観光客も訪れます。口コミで広がっているのか、日本人のお客さまもたくさんいらっしゃいますよ(笑)。
――ビャンビャン麺の一杯あたりの値段は、豚の角煮入りで10.80ポンド(約1600円)と、ロンドンの日式ラーメンの相場とさほど変わりません。しかし、よりボリュームがあり食べ応えがありました。日式ラーメン屋ではラーメン一玉の量が少なく、替え玉を頼む人は多いです。ビャンビャン麺は敷居の高いメイフェアにしては良心的な価格設定ですね。
確かにメイフェアというとお高い印象を受けるでしょうが、当店では品質の高いものを、理にかなった価格帯で提供しています。営利本意ではなく、西安本来の食文化をそのままお届けしたいからです。
――ビャンビャン麺は 野菜も多めに入っていて、肉々しいとんこつラーメンや蘭州ラーメン(甘粛省蘭州の牛骨を煮込んだスープのラーメン)とは趣が異なりますね。具沢山なのでなので途中で食べ飽きることはありませんでした。 メニューを見たところ、イギリスで急増中のベジタリアン・ビーガン用の菜食オプションも充実していますね。
当店はヘルシー志向で、揚げ物などは最低限にしています。ビャンビャン麺は、本来庶民の食べ物で、肉が高価だった時代には、伝統的にベジタリアンだったのです。例えば広東料理などとは違い、肉に対する執着はありません。

ゆでられたビャンビャン麺
――店内に飾られた西安ゆかりの兵馬俑の等身大のレプリカの置物にも感銘を受けました。
当店の内装は、文化的要素を含めた教育的な側面も意識しています。西安の郷土料理は、どうしてもヨーロッパでは認知度が低く、歴史や文化も併せて少しでもよく知ってもらいたいからです。新しい客層を開拓し、ヨーロッパ市場に参入するには時間がかかりますが、西安の食文化はだんだん定着してきています 。
――「アイスピーク」という西安発のレトロな炭酸飲料、これもいいですね!
「アイスピーク」は個人輸入していて、ヨーロッパでは弊店のみの扱いなんですよ!

西安発のレトロな炭酸飲料「アイスピーク」
各国の麺文化が入り混じるロンドンは麺処と化すか?
ロンドンではレストランの多国籍化が続いていたが、その傾向がある程度まで行き着き、最近はラーメンに代表されるようにレストランの専門店化が加速している(例えば、以前「日本食レストラン」と言えば、メニューに、すし、ラーメン、天ぷらなど、日本食を代表する料理がすべてそろうことが普通だった)。その流れの中で、「中華料理」というざっくりしたカテゴリーから、ビャンビャン麺に力を入れるマーガー・ハンハンのような店も現れている。ラーメン大国・中国の麺も交えて、ロンドンにおける日式ラーメン一人勝ちの時代に終止符は打たれるのか。麺勝負は続く。
(ケンディアナ・ジョーンズ)
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