4月21日から公開中の劇場アニメ『リズと青い鳥』
人気作『響け!ユーフォニアム』の登場キャラクターである二人の高校生、鎧塚みぞれ(CV:種崎敦美 ※崎は立つ崎)傘木希美(CV:東山奈央)の繊細で捉えどころのない思いや関係を描いた作品で、数々の賞を受賞した映画『聲の形』京都アニメーション(監督:山田尚子)による最新作ということでも大きな注目を集めている。

「リズと青い鳥」山田尚子監督「少女たちが踊っているような印象の作品に」
4月21日から全国で上映中の『リズと青い鳥』。テレビシリーズ2クール分と劇場作品2本が作られている『響け!ユーフォニアム』シリーズの最新作だが、シリーズ未見の人でも十分に楽しめる作品となっている

エキレビ!の山田尚子監督インタビュー後編では、クライマックスのネタバレ要素にも言及しながら、約90分の本編に詰め込まれたみぞれや希美、そして、監督の思いを紐解いていく。

(前編はこちら)

私個人としては、「リズ、一旦、話し合おう?」と思う


──「少女を撮り切る」ために細やかな表現にこだわったとのことですが、絵が上がってきた時、特に大きな手応えを感じたシーンがあれば教えてください。

山田 すごくたくさんありました。例えば、希美のポニーテールの揺れ方一つにしてもそうです。あと、少女たちが踊っているような印象の作品になれば良いなと思っていたのですが、みぞれの妄想の中で、希美がバレリーナのような足取りで駆け寄って来るカットも、上がって来た時に「来た!」と思いました。

──そういったカットの演出についても、山田監督から細かい指示を出していたのですか?

山田 お話はしましたが、そこにアニメーターの技術やセンスが倍以上に乗っかって上がってきて、すばらしかったです。みぞれと希美が光の反射で会話するシーンも、アニメーターの方がすごく素敵なシーンにしてくださいました。
あのシーンはとても大切なシーンでしたので。あとは、終盤で、希美がみぞれを抱きながら困ったように目を泳がせているところも、この作品にとってすごく大事でコアなカットですが、あそこの絵を見た時もテンションが上がりましたね。
「リズと青い鳥」山田尚子監督「少女たちが踊っているような印象の作品に」
みぞれの演奏に圧倒された希美は音楽室を抜け出して、一人で生物学室へ。希美を追いかけてきたみぞれは、希美を抱きしめながら、好きだという思いを精一杯の言葉にする

──みぞれと希美は、自分たちの関係を童話の「リズと青い鳥」に重ねていきます。観ている人の多くは、最初、みぞれがリズ、希美が青い鳥の少女だと感じると思うのですが、物語の進行とともに、その印象も変化していきますね。

山田 どちらがどちらにでもなれるし、「こうである」ということを明示する話でも無いとは思っていて。リズと青い鳥の少女が一人二役なのも、そこを大事にしたかったからなんです。
(童話の)「リズと青い鳥」のお話について、私個人としては「リズ、結論を出す前に、一旦話し合おう?」と思うんですよ(笑)。青い鳥は大好きなリズのそばにいたいのに、いきなり「別れよう」と言われるわけですから。ただ、リズの身勝手に思える言動も愛ゆえになんです。だからこそ、話し合うことすらしてもらえない。それに、リズには、青い鳥の少女を閉じ込めたくないという気持ちだけではなく、自分には羽がないということでの傷もあるかもしれなくて。だから、やっぱり、どっちがどっちと白黒つけられるものではないと思っています。

「リズと青い鳥」山田尚子監督「少女たちが踊っているような印象の作品に」
リズは、自分の翼で自由に空を飛ぶことができる青い鳥のことを思うが故に、二人での幸せな日々を終わらせようと決断。リズに自分を重ね合わせていたみぞれは、その行動が理解できなかった

──北宇治高等学校吹奏楽部の中にも仲良しグループやコンビは何組もいますが、みぞれと希美は、特に関係性の描き方が難しい二人なのかなと思います。傍から見ていると親友同士ですが、実は普段から、噛み合っているのか噛み合っていないのか……みたいな二人ですよね。

山田 制作を進めながらすごく思ったのは、お互いがお互いを思っているけれど、お互いの話を聞いてはいなくて、理解にまでは及んでいないというのが、この作品のすごく大きな肝だということ。「お互いが思っていることは分からないものだ」ということが通底して描かれているんですよね。それでも、その原動力は、愛だったり、相手を思う気持ちだったりする。そこが面白かったですね。
だから、お互いがお互いの声を聞いているような聞いていないような、というあやふやな関係を徹底して描いています。そこが少しでも上手くいっちゃうと、全部の積み重ねがダメになるので。でも、表面上は上手くいっているように見せないといけないんですよね。そのことは、シナリオ作りの段階からアフレコまで、すごく大事にしました。

希美の行動や考え方などを一個一個、紐解いていくことに集中した


──私は、山田監督の作品の中でも、『たまこラブストーリー』常盤みどりや、映画『聲の形』植野直花のような、内面に複雑な葛藤を抱えたキャラクターに特に惹かれるタイプなのですが……。

山田 そう仰っていましたね(笑)。

──でもなぜか、テレビシリーズの頃から、希美に対して特別な思いを秘めているみぞれではなく、優等生タイプの希美の方がすごく気になっていたんです。
しかし、『リズと青い鳥』を観て、複雑な葛藤を抱えているのは、実は希美の方だったと気づきました。

山田 今、お話を聞きながら、絶対に希美が好きなんだろうな、全然ブレがないなって思っていました(笑)。たしかに、みぞれはシリーズから見ても、そんなに扱いは変わってないんですよね。

──繊細ですが、実は複雑さはあまりなくて。最初からド直球に希美だけを見ている子ですよね。

山田 (みぞれは)ずっと、そのまんまって感じなんです。
でも、希美に関しては(テレビシリーズでは)なんであんな風にカラッとしていたのかとか、身勝手に見えるようなことをしていたのかという事に興味があったし、観ている方にも知ってもらいたかった。だから、この作品では、希美の行動や考え方などを一個一個、紐解いていくことに集中していったというか……。それができたことが嬉しかったです。私も、希美は面倒臭いところがある子だと思います(笑)。けれど、その一途な思いがすごく胸を打ったんですよね。それに、実際、希美のような人はたくさんいると思うんです。
「リズと青い鳥」山田尚子監督「少女たちが踊っているような印象の作品に」
いつも明るく社交的で、中学時代には強豪吹奏楽部で部長を務めていた希美。高校3年生になった今も、フルートパートの後輩たちから「のぞ先輩」と慕われている。しかし、演奏や進路のことで悩みはじめ……

──ただ、それがすぐには分からないから、1年の後輩たちには明るく優しい先輩として懐かれる。

山田 潜伏的なんですよね。だからこそ、それを開いていく快感みたいなものもありました。そこを(30分の)テレビシリーズではなく、90分の物語の中で描けたこともすごく大きくて。本当に、映画という形を取った意味のある作品だなと思いました。

みぞれはずっとみぞれだったな、と考えながらコンテを切った


──物語の展開は、原作小説の『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第2楽章』に沿ったものですが、細かな描写に、みぞれと希美の思いを少しでも救ってあげたいという監督の優しさも感じました。

山田 自分個人の思いとしては、二人には添い遂げて欲しいと言う気持ちが第一にあるんです。けれども、(原作のプロットから)簡単に添い遂げてしまうようなラストに変えてしまうと、それは2人に対して嘘をつくことになるので、そういうわけにもいかない。でも、その兆しと言うか、気配だけはハッピーエンドであるように、という思いはすごく強くありました。

──みぞれが希美の好きなところを列挙して思いを伝え、希美が「みぞれのオーボエが好き」と返した後、希美がみぞれを誘った時の事を思い出したり。みぞれの楽譜に「はばたけ」というメッセージが書いてあったりするのはアニメオリジナルですよね。まさにハッピーエンドの兆しでした。

山田 希美にとって、「みぞれのオーボエが好き」という言葉って、たぶん一番言いたくなかった言葉だと思うんです。みぞれの才能を認めて、自分の負けを認めることは、一番やりたくなかったことだけれど、頑張って、その言葉をひねり出して伝えた。その時の一つ区切りがついたような希美の感覚を大切にしたかったんです。そのまま落ちては行かない子だと、信じているので。そうやって、一つ自分で決着をつけたところから、もう一歩足を出すことができるくらい希美は頑固で、負けん気があるんじゃないかなと思っています。きっと、希美の中では、まだ全然答えは出てないし、納得もしてないし、音楽が好きだという自分の思いも無くなってはいないはず。そうやってあがいている感じが、きっと希美なのかなと思ったし、そこが愛おしく感じたので、そういうところを拾っていきたかったんです。
「リズと青い鳥」山田尚子監督「少女たちが踊っているような印象の作品に」
木管楽器の指導を担当する新山聡美から音楽大学への進学を勧められたみぞれ。そのことを知った希美は自分も音大を目指すと言いはじめ、みぞれは希美が行くのなら自分も、と音大進学を決める

──一方のみぞれは、先ほども話に出ましたが、2期で登場した時から、希美への思いという、みぞれにとって一番大事なものが基本ぶれていないので、本人もぶれてない印象です。

山田 ぶれてないですね。それもあって、「みぞれのオーボエが好き」と言われた時、どう思ったんだろうというのはいろいろと考えて。たぶんあの瞬間、みぞれ自身は、そんなにピンときてはないんじゃないかなって。

──たぶん、みぞれは「みぞれが好き」と言って欲しいんですよね。

山田 ずっとそばにいてもいい確約が欲しい、というか…。だから、「みぞれのオーボエが好き」というのは、あまり響く言葉じゃないのかな、と思うんです。でも、希美がそう言ったから、オーボエを続ける決心をしたのかもしれないし……。結局、みぞれはずっとみぞれだったな、と考えながらコンテを切っていました。

合うのは一瞬で、やっぱり、光の速さでずれていく二人


──冒頭に、みぞれが足音だけで、希美が来たと気づくシーンもありましたが、全体を通して、二人の歩く姿や足音がとても印象に残る作品でした。みぞれは基本、希美の後ろを歩くのですが、終盤では隣に並んで歩く場面もあります。二人の関係性の変化に合わせて、歩き方にこだわった部分も大きかったのでしょうか?

山田 足音については、すごく面白い話があるんですよ! オープニングとラストシーンは、二人の足音を三拍子の音楽にしているんですけれど、音が鳴り始めてからずっと、二人の足音は合わない状態なんですね。でも、この作品では、合わないものが一瞬でも合ってくれればという希望を描きたかったので、ラストシーンの中には二人が同時に同じことを言うカットがあって。そこでは足音も完全に合ってるんです。そういうシーンを音楽の牛尾(憲輔)さんと一緒に組み上げていったのですが、どこで足音が重なるかは牛尾さんに全部お任せしていて。(先に)コンテを切る時には、そんなことを何も考えずに切っていたんです。でも、音楽をいただいたら、その足音の合うタイミングが、ちょうど二人で「本番、頑張ろう」って同じ台詞を言う瞬間だったんですよ。

──音楽(足音)に合わせて、コンテを調整したわけではないのですね。

山田 お話の成り行きと足のタイミングが合致したのは偶然でした。二人が同じことを思う瞬間に音も合うという、コンセプト通りの形に持っていけて、奇跡だなって。嬉しかったですね。

──でも、同じ言葉を言った瞬間、みぞれが「ハッピーアイスクリーム!」と言っても、希美はその遊びを知らず。その後の会話も噛み合ってないですよね(笑)。

山田 合うのは一瞬で、そこを見逃しちゃだめという。やっぱり、光の速さでずれて行く二人なんです(笑)。ただ、そこがこの作品の面白いところというか魅力だなとも思って。結果、噛み合ってはないんですけれども、希望的な気配を感じるようにということは、とても大事にしました。

──ラストシーンの足音以外にも、演出と音楽を連動させる構造については、細かく設計していたのですか?

山田 冒頭と最後は、物音でミュージカルをしたくって。彼女たちの周りを包んでいる物の音で音楽を満たしていくみたいなコンセプトでやっていました。だから、今回は初めてやるような作業が多かったんです。音楽をいただく前に、まずコンテを描くんですけれど、コンテを音楽っぽく描くというか……。まずはテンポだけを決めて、このタイミングで切り替えて、といった風に描いていきました。それを牛尾さんが読み解いて、感じたものを音楽にされて、いただいた音楽に合わせてカットを抜き差ししたり、芝居を変更したり……というやり取りを何回か繰り返しながら、作っていったんです。そんなことは今までやったことなかったので、最初はどうやったら良いのかも分からなかったのですが、それによって、すごく有意義なシーンが作れました。
「リズと青い鳥」山田尚子監督「少女たちが踊っているような印象の作品に」
4月25日発売のオリジナルサウンドトラック『girls,dance,staircase』。エンディングに流れる表題作は山田監督が作詞を担当。山田監督が作詞を担当するのは、『たまこまーけっと』の『恋の歌』に続く2作品目

──牛尾さんは映画『聲の形』でも音楽を担当されています。やはり、その時からの関係性があったからこそ、そういった工程での作品作りができたのでしょうか?

山田 はい。「牛尾さんなら、どうにかしてくれる」という信頼感がなせる技だと思います。牛尾さんからも「やることはやったので、後はよろしくお願いします」という感じで返ってくるので、私もそれに答えを返す、みたいな流れでした。きっと、初めてお会いした人とは、難しかったことでしたね。

──最後に気になったところなのですが……。冒頭で「dis joint」という文字が出てくるのですが、ラストシーンでは「dis」が消されて「joint」になります。あの言葉には、どのような思いが込められているのですか?

山田 作中で、二人の関係を数学用語の「互いに素」になぞらえるようにして描いていて。例えば、4と5は隣り合っているけれど、共通する最大公約数は1しかない。隣にいるけれども近くない関係って、みぞれと希美に似ているし、今回はその関係性をとても大事にしていたので。互いに素の英訳はほかの言い方があるみたいなんですけど、この映画では「dis joint」を使いました。「dis」を消したら「joint」になるって気づいて。「あ、やった! これは使える」って(笑)。
(丸本大輔)

『リズと青い鳥』
4月21日より公開中

【スタッフ】
原作:武田綾乃(宝島社文庫『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章』)
監督:山田尚子
脚本:吉田玲子
キャラクターデザイン:西屋太志
美術監督:篠原睦雄
色彩設計:石田奈央美
楽器設定:高橋博行(※高ははしごたか)
撮影監督:高尾一也(※高ははしごたか)
3D 監督:梅津哲郎
音響監督:鶴岡陽太
音楽:牛尾憲輔
音楽制作:ランティス
音楽制作協力:洗足学園音楽大学
吹奏楽監修:大和田雅洋
アニメーション制作:京都アニメーション
製作:『響け!』製作委員会
配給:松竹

(C)武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会