久住昌之(とその弟)がまたやった!

『孤独のグルメ』のドラマ化で、広くその名を知られることとなった久住昌之氏が、実弟の久住卓也氏と組んでいる漫画ユニット「Q.B.B.」の新刊は、その名も『古本屋台』
久住昌之+久住卓也のQ.B.B.新作『古本屋台』は天国か…あそこで飲みたい、あれを引きたい! 
Q.B.B. /集英社

久住氏といえば、駅弁の食べ方に煩悶する男の姿や、大勢ですき焼き鍋を囲む際のバトル、男子中学生たちの胸に覚えのありすぎる日常、酒が飲めない男のひとりメシなどなど、様々な場面と状況の中に偏在するどうでもいいこだわりを、巧みにすくいあげて漫画にしてきた。


そして今回の題材は「酒」と「古本」。その舞台は「屋台」。これは思いつかなかった!

東京都内の某所に、夜になると出没する古本の屋台。本来ならおでんの鍋でも据え付けてあるところに、古本がびっしりと詰められている。屋台を訪れた客は、気に入った本を買うことができる。

登場する古本は、松本隆の『風のくわるてっと』(ブロンズ社版)とか、今和次郎の『モデルノロヂオ 考現学』とか、古今亭円菊の『背中の志ん生』とか、ひたすらシブいラインナップで、いかにもこんな屋台に集まってくる人が喜びそうなものばかり。

で、基本はフィクションなのだが、荻原魚雷氏や岡崎武志氏といった、古本界では知らぬもののない人物も出演している。たしかに、古本屋台なんてものが実際にあったら、彼らが放っておくわけがない。

うちは飲み屋じゃないんだから


古本屋台は“屋台”と言うだけあって、酒もある。1杯100円。ただし、店主曰く「うちは飲み屋じゃないんだから」と、焼酎のお湯割り(季節によってはロック)を1杯だけ。つまみは置いてない。
よそで酔っ払ってから来た客は追い返す。そんな頑固な店主だが、バイオリン演奏の心得があったりもする。

ともかく、コップの酒をチビチビと舐めながら、気になる古本を立ち読みする。赤提灯、屋台、焼酎、そして古本。……ここは天国かよ!

ぼくは現在、東京の神田神保町で特殊古書店マニタ書房というのを経営している。“特殊古書店”とは銘打っているが、店の形態に殊更変わったところがあるわけではない。ただ、お客様からの買い取りをせずに、店主(ぼく)が全国から探してきた本、自分の気に入った本だけを並べるという意味で“特殊”だと言っているのだ。

この店を始めるときに、最初は谷根千(谷中、根津、千駄木周辺)界隈で物件を探していた。そのときにやりたかったのは「古本酒場」だった。店内の壁にずらりと本棚を並べて、中央にはコの字型のカウンター。そこで酒を飲みつつ、背後の本棚に手を伸ばせば古本がある。そんな天国を夢想していた。


もつ焼きが大好物なので、もつ焼き酒場にすることも考えたのだが、店内で炭火なんか炊いたら本が煤けてしまう。そこで、つまみのメニューはもつ煮込みだけにして、店先の赤提灯には「煮込みと古本」と書こうと思っていた。

結局、それに適した物件が見つからず、かわりに運良く日本一の古本屋街である神保町に出物の物件を見つけてしまったので、いまの営業形態になった。でも、いつか煮込みと古本の店をやってみたいという気持ちは、消えていない。

『孤独のグルメ』を見た視聴者が、主人公の井之頭五郎に憧れるように、ぼくもまた古本屋台の店主に憧れる。ああ、引きたい。あの屋台を引きたいのだ。
(とみさわ昭仁)
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