第17回「西郷入水」5月6日(日)放送 演出:津田温子
祖母の老いを描く
17話は、追い詰められた吉之助が月照と共に海に身を投げることが最大の見せ場で、実際、鈴木亮平と尾上菊之助の芝居に惹きつけられたのだが、それよりも印象的だったのは冒頭だ。
安政の大獄が起こり、薩摩に逃げる吉之助(鈴木亮平)と月照(尾上菊之助)。それを手伝う有村俊斎(高橋光臣)。
「命に代えてもお守りせんといかん」の一心で、雨の中、月照を背負って進む吉之助。
命からがら、実家に帰ってきたら、迎えに出た祖母・きみ(水野久美)が吉之助を亡くなった吉兵衛(風間杜夫)と思い込んでいて、その変わり果てた姿に茫然となる吉之助・・・。
安政の大獄もきついが、祖母の老いもきつい。政治の問題に済ませず、家庭の高齢者問題を差し込んでくる中園ミホの一撃。国を変えるとは、詰まるところ、こういった個々の生活者を助けることであってほしいと切に願う。

巷説百物語のコミカライズもしている漫画家の、「西郷どん」原作小説のコミカライズ。躍動感のある絵で読みやすい。西郷の最期からはじまって、林真理子の原作のはじまりである明治時代の京都に戻り、江戸時代の小吉の時代に。
お久しぶりね
痛烈な社会批判ではじまったかと思ったら、その頃、島津斉興(鹿賀丈史)とお由羅(小柳ルミ子)も薩摩に帰ってきていて、久光(青木崇高)と再会。
「お久しぶりね」と小柳ルミ子の持ち歌の小ネタで、わかる人にはわかる笑いを誘う。
久光は「兄上が命をかけてつくってこられた〜〜」と亡き斉彬(渡辺謙)の遺志を継いで、薩摩から兵を出そうと考える。家督は茂久(中島来星)に譲り久光が後見すると願い出ると、斉興は笑う。久光はその笑いの意味がわからず、いっしょに笑う(お人好しだなあ)。
結局、斉興が「ご公儀に恭順の意を」と言い出し、そうしないと「取り潰しにあうかもしれない」と藩の者の動揺を誘う。
こうして、吉之助と月照の命が風前の灯火に。
笑うといえば、この回、もうひとつ笑いに関する印象的な描写があった。
吉之助を助けようと、大久保正助(瑛太)が、山田(徳井優)に頼みにいくと「ことわーる」と大声を出す。だがその顔が笑っていると指摘する正助。山田もいつしか吉之助に好感をもっていて、彼のために動くのだ。
笑顔にもいろいろな意味があることが、17話では描かれている。
幾島、最後の奉公
江戸では、家茂(荒木飛羽)の母になった天璋院(北川景子)だったが、家茂は、井伊直弼(佐野史郎)に余計なことを吹き込まれたようで、「母上を信じることができませぬ」と冷たい。
もみじがはらり。
こんな状況でも、天璋院は薩摩には帰らないという。
幾島(南野陽子)がお暇をと、京に帰ることに。
「戦に敗れた者が咎を受けるのが当たり前」「最後のご奉公をさせてくださいませ」と悲しいお別れ。
言葉にならない何か言って頭を下げる幾島の最後の見せ場が描かれた。
祖母のみきといい幾島といい、やっぱり大きな政治の影で苦しむ人間を描いている。
さらには、大久保正助(瑛太)が吉之助のために動くことを手伝う満寿(美村里江)のできた嫁感。
満寿の父上は山田と昵懇だから働きかけてほしいと正助が頼もうとすると、さっさと父の好物の漬物をもっていきますと行動するところは気持ちいい。
おそらく、多くの視聴者は大河ドラマにダイナミズムを期待しているのではないかと思ったとき、原作にはない、これらの細やかかつ豊かなエピソードはどういう受け取られ方をするだろうか。この政治の影に存在する者たちのエピソードを積み重ねて、最終的に起爆させてほしいと願う。
二つなき道にこの身を捨て小舟
波立たばとて 風吹かばとて
斉興が実権を再び獲得し、吉之助と月照は日向送り(処刑)となる。
「ここまでの命だった」「もう行き止まりじゃ」と諦念で、お別れに鰻の蒲焼きをつくって家族にふるまう吉之助に対して、正助は「まだまだ薩摩や日本国のために生きなくては」と諦めず、月照を斬れば命を助けてくれるという約束をとりつけてくる。
それを承知したように見せて吉之助は、刀を家に置いて、月照と共に海に飛び込む。
夜、満月、船のなかで「寒い夜なのに寒くない」「でもカラダは震える 未練ですなあ・・・」「カラダが生きよう生ようとして震えます」という月照の台詞が染みた。
原作では、月照と吉之助の男同士の愛が描かれ、ドラマでもその描写があるかと注目されていたが、そこは描かれなかった。
(木俣冬)
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