見終わった直後にはキツネにつままれたような気分になったものの、なんとなくジワジワと「あれはすごいものを見てしまったのではないだろうか」という気分になっている。『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』を見終わった後の感覚は、なかなか一言では言い表せない。

夢の国で繰り広げられるアメリカの「火垂るの墓」だ「フロリダ・プロジェクト」驚愕のラストを見よ

見たことのない温度感で描かれる、ポップで悲惨なシングル家庭の暮らし


『フロリダ・プロジェクト』の舞台は、タイトルの通りフロリダ。ディズニーワールドのすぐ横に立つ安モーテルの「マジック・キャッスル」に住むヘイリーと、娘のムーニーが主人公だ。定職にもつかずバッタ物の香水を観光客相手に売り払ったりして日銭を稼ぐ、全身タトゥーだらけのヘイリーと、ロクに学校にもいかず日がな一日イタズラに精を出すムーニー。モーテルの管理人であるボビーも、この2人には手を焼いている。

映画では、最初から特に大きな出来事は起きない。フロリダの陽光の下、悪ガキムーニーと近所に住む同年代の友達のイタズラ(停めてある車に二階からツバを吐きまくったり、モーテルの電圧室に侵入して全客室の送電を止めたりという、割と笑えないやつ)を淡々と映し出す。カメラの位置は子供の目線に合わせたように低く、画面の彩度は高い。なんといってもすぐ横がディズニーワールドなので、近所に建つのはパステルカラーで彩られた楽しげな建物ばかり。子供たちからすれば、巨大な夢の国でイタズラ三昧という楽しい環境だということを、色彩とカメラワークだけで示してみせる。

しかし『フロリダ・プロジェクト』はひと夏の楽しい思い出だけをすくい上げた映画ではない。そもそも、宿泊施設であるはずの安モーテルに"住んでいる"という状況が異常だ。実際、アメリカではモーテルに住む人というのは割といるらしい。要するに、まともな家に住むための家賃が払えない人たちが週ごとに宿泊費を払って居座っているのである。
日本で言えば、ドヤ住まいやネットカフェ難民と言ったところだろうか。『フロリダ・プロジェクト』はフロリダのディズニーワールド建設前にディズニー社内でつけられた計画名でもあるが、「プロジェクト」には低所得者向け公共住宅の意味もある。

こういった現実に呼応するように、ポップなだけではないフロリダの風景も断片的に画面に映り込む。ディズニーワールドができたのは、今から46年前の1971年。当時「夢の国」を意識して作られた周辺の建物は老朽化し、今やパステルカラーの廃墟となっているものも多い。観光客を見込んで建てられた建物がそのまま朽ち果てつつある環境の中で、ホームレス一歩手前のシングルマザーとその娘がイタズラ三昧だけで生活できるはずがない。

だから『フロリダ・プロジェクト』では、カメラがヘイリーにフォーカスすると、なんだか画面が不穏な空気を帯びる。どこにでも娘ムーニーを連れていき、2人でイタズラを働く様子はまるで仲のいい姉妹だ。しかし娘を連れて行くのはヤミでパチモノの香水を横流しする問屋だし、ムーニーにボランティアが配っているパンや賞味期限切れのワッフルを取りに行かせたりもする。さらに、職のないヘイリーが売ることのできる唯一の商品である自分の体を売っている際、ムーニーを同じモーテルの部屋のバスルームに放り込みっぱなしにしたりする。ヘイリーの感覚は、母親というにはちょっと幼すぎる。

一見するとパステルカラーで彩られた楽しい暮らしに見えるけど、実際にはギリギリの生活を送る貧困層のサバイバル。
このサバイバル感を、子供の目線を介することで、うっすら匂う程度に感じさせる。ポップな地獄で、親子と姉妹と友達の中間みたいな関係の2人が公共機関や近親者の助けなしで漂う様子は、現代アメリカにおける『火垂るの墓』といった趣。モーテルはテレビも見られるし売れ残りのワッフルだって食べられるけど、ヘイリーとムーニーはいつ底が抜けてしまうかわからない危うい状態にいる。子供みたいな保護者と実際の子供の2人だけの、いつ暗転するかわからない生活を『フロリダ・プロジェクト』は突き放すでもべったりと心情に密着するのでもない、独特の温度感で描く。

いい味すぎるウィレム・デフォー、そして驚嘆のラスト


根無し草のようなヘイリーとムーニーの親子にあれこれと世話を焼くのが、ウィレム・デフォー演じるボビーだ。あくまでモーテルの管理人の立場からヘイリーに意見するものの、言い返されたらある程度で引き下がる。ムーニーのイタズラには手を焼いているものの、ものすごく怒ったり引っ叩いたりはしない。でも、子供目当ての変態がモーテルに寄ってこれば締め上げて放り出す。付かず離れずの距離を保ち続けている。

ボビーも、自分のモーテルに住み着いている人々がどういう状況にあるのかはよくわかっている。だから多少家賃を滞納されてもそこまでキツくは迫らないし、学校に行っていないムーニーのイタズラにも付き合ってやる。しかし、ボビーはヘイリーとムーニーの親子にとっては他人だ。
だから、彼女たちと一緒に暮らすことはできないし、ある程度は突っぱねることになる。モーテルで客をとったヘイリーには厳しく詰め寄るし、宿泊費を滞納されれば立ち退きを迫るしかない。当然、後先を考えていないヘイリーには反発される。

難しい立場にいるボビーを演じるのはウィレム・デフォー。今回のデフォーは抜群にいい。特徴的なルックスや顔のシワも、長年安モーテルの仕事に耐えたことで刻まれたものに見えるし、ヘイリーたちに対するあくまでそっけない態度も自然。何より、ちっとも観客を意識しているように見えないセリフや表情が素晴らしい。まるで、本当にドヤの管理を任されているおっさんにしか見えない。そりゃこれはアカデミー賞にノミネートされるのも納得だわ……と見入ってしまった。

で、色々あって映画はけっこうびっくりするようなラストに突入する。正直な話、おれは現在もこの余韻からちょっと抜け出せていないところがある。

子供のようにしか行動できない大人たちと、育った環境ゆえに連帯せざるを得なかった子供たち。
歩いてすぐの距離にある夢の国と、クソみたいな貧乏暮らし。淡々としているけどぼんやりと辛い日常と、突如として発生する事件。全部が絡み合って、そのままぶちまけられたようなエモーショナルなラストに突入し、映画は終わる。

ハッピーエンドでもバッドエンドでもなく、いわゆるオープンエンドである。だけど、「オープンエンド」と断言してひとつの定型に押し込んでしまうのも、なんとなく違う気がする。だが、映画館に行って味わうだけの価値はある、そんなラストであることは保証できる。すごいものを見てしまった。


【作品データ】
「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」公式サイト
監督 ショーン・ベイカー
出演 ブルックリン・キンバリー・プリンス ウィレム・デフォー ブリア・ヴィネイト ヴァレリア・コット クリストファー・リヴェラ ほか
5月12日よりロードショー

STORY
フロリダのディズニーワールドの近くに建つ安モーテル「マジック・キャッスル」。そこにはヘイリーと幼い娘ムーニーら、低所得者が住み着いていた。ムーニーは近所の子供とともにイタズラ三昧の日々を送るが、定期的な収入のない2人の生活は次第に追い詰められていく
編集部おすすめ