元TOKIO・山口達也の女子高生に対する強制わいせつ問題によって、ニュース番組などで“アルコール依存症”という言葉を聞く機会も増えた。しかし、多くの人々が「恐ろしいものらしい」という漠然とした認識を持っているに過ぎないのではないだろうか。
アルコール依存症はどれだけ恐ろしい病気なのか――。アルコール依存症の父親に振り回される家族を描いた実録漫画『酔うと化け物になる父がつらい』の作者である菊池真理子さんに聞いた。
“アルコール依存症”と“酒好き”の境界線は 「酔うと化け物になる父がつらい」作者が語る
(c)菊池真理子(秋田書店)2017

<菊池真理子>
実録漫画『酔うと化け物になる父がつらい』が、さまざまなメディアで取り上げられて反響を呼ぶ。現在は、その後を描いた『生きやすい』を月刊漫画誌『Eleganceイブ』(秋田書店)にて連載中。

父親は単なる“お酒に弱い人”だと思っていた


「お酒を止められず、体を壊してしまうから危険」というふうに、アルコール依存症を個人で完結する病気として捉えている人も多いかもしれない。そんな人が『酔うと~』を読めば、衝撃を受けるはずだ。作中で“父親”は、飲酒運転で車を燃やしかけるなど酒絡みでさまざまなトラブルを巻き起こし、そのたびに家族が尻ぬぐいに奔走する。そんな生活に疲れたのか、新興宗教にはまっていた母親は自殺。菊池さん自身も心に歪みが生じてしまい、父親によって崩壊していく家族が描かれている。菊池さんは、アルコール依存症について、「家族がいたり、会社に通っていたら、絶対周りにしわよせがいく。周りも巻き込んでいく病気なんです」と語る。

“アルコール依存症”と“酒好き”の境界線は 「酔うと化け物になる父がつらい」作者が語る
(c)菊池真理子(秋田書店)2017


しかし、驚いたことに菊池さんは、ごく最近まで亡くなった父親を単なる“お酒に弱い人”として捉えていたそう。父親はアルコール依存症だったのではないかと気づいたのは、たまたまアルコール専門外来に取材する機会があったから。
「自分とは無縁の世界をのぞきにいく」という意識でしかなかったが、医師の「お酒のせいで人間関係が壊れたことがあるなら治療の対象」という言葉にハッとさせられた。それまで菊池さんは、アルコール依存症をどのようなものとして想像していたのだろうか?

「連続飲酒のイメージですね。朝から飲むとか、お酒のせいで仕事に行けないとか、手が震えるとか、そういう典型的なもの以外はアルコール依存症じゃないと思っていました。うちの父親は飲むのは週末だけで、平日はまったく飲まなかったんです。それに経営者として会社にも普通に行っていたので、アルコール依存症だとはまったく考えていませんでした」

“アルコール依存症”と“酒好き”の境界線は 「酔うと化け物になる父がつらい」作者が語る
(c)菊池真理子(秋田書店)2017


アルコール専門外来で、“病的酩酊”という言葉を知ったのも衝撃だったそう。

「“酔って記憶をなくす”とよく言いますが、その状態が“病的”と表現されています。それを言ったらうちの父親は毎週飲めば必ず病的酩酊。酔っ払いならよくあることだと思われていることも、実は病的な状態だったりするというのは発見でした」

“アルコール依存症”と“酒好き”の境界線は 「酔うと化け物になる父がつらい」作者が語る
(c)菊池真理子(秋田書店)2017

「どうぞ、もう1杯」と勧めた側の責任とは


『酔うと化け物に~』でショッキングな描写のひとつが、父親を取り巻く飲み友達の“寛容さ”だ。父親に飲ませないでほしいと必死に訴える菊池さんに対しても、彼らは「水割りを薄くしておくから」とどこ吹く風。逆に菊池さんは「怖くて冷たい娘」扱いされてしまうのだ。

しかし、このシーンを見て、「この飲み友達と自分は変わらないのではないだろうか?」と不安になった人も多いのではないだろうか。“アルハラ”という言葉が周知されて、飲みたくない人間に無理やり酒を勧めることは良くないと知っている。しかし、飲み相手が酒好きでも、酔って家に帰ってから家族を傷つけている可能性はある。
そんなとき、「どうぞ、もう1杯」と勧めた自分も加害に加担したと言えるのかもしれない。実は、この不安には菊池さん自身も心当たりがある。

“アルコール依存症”と“酒好き”の境界線は 「酔うと化け物になる父がつらい」作者が語る
(c)菊池真理子(秋田書店)2017


「私自身、いつも楽しそうに飲む人には飲ませてしまっていました。その子が家に帰って酔っぱらって寝転がっているのを両親が担いで布団に運んでくれた……という話を聞いて、そのときは『また酔っちゃったんだね』と笑っていたんですけど、後から『その子のお父さんとお母さんはすごく嫌だったろうな』と考えました。私だって、父親の仲間のおじさんたちと変わらないんですよ。だから彼らをものすごく責めるつもりはないというか、気づくのが難しい病気なんだと思います」

「全然関係ない要素とお酒が結びついて語られている」


家庭をめちゃくちゃにした父親は、飲み友達からは愛されていた。菊池さんは「私と父親はすごく似ていると思います」と語る。

「彼もたぶんコミュニケーションが得意ではありませんでした。お酒の力を借りないと上手く話せないとか、仕事で飲まないと契約がとれないという事情があったんでしょう。飲むと明るくなるから、周りも飲ませていたんだろうし……。純粋にお酒がおいしいと思っているわけじゃないのに飲まざるをえなくなってしまう状況って、本当に簡単な言葉で言うと“そういう文化が悪い”ってことになるのかなと思っています」

アルコール依存症の治療の難しさには、飲み仲間の存在もある。菊池さんは、「うちの父親もそうですが、人付き合いから変えないとお酒を止められない人も少なくないと思います」と指摘した。

また、菊池さんは、「たくさん飲める=かっこいい」というイメージなど、お酒を取り巻く価値観もアルコール依存症を生む要因のひとつではないかと問題視している。
菊池さんの友人の知り合いのあるミュージシャンは下戸なのだが、「ロックをやっているのに飲めないのは格好がつかない」と考えて、わざわざウィスキーのボトルにお茶を入れて大酒飲みの振りをしているそう。

「私もお酒が好きな人たちを見て育ったので、お酒を飲んでいる人が途中で『今日はこのへんで水にしておく』と言ったら、『私に心を開いてくれていない』と感じて、相手が酔いつぶれると安心してしまっていました。たくさん飲めるのはかっこいいとか、下戸は料理の味がわからないとか、仕事ができないとか、コミュニケーションがとれないとか。全然関係ない要素とお酒が結びついて語られているのを感じます」

生きづらい仲間を増やして、生きやすくなる


父親のアルコール依存症によって、菊池さんの心は深い傷を負った。そんな彼女が今年3月より月刊漫画誌『Eleganceイブ』(秋田書店)にてスタートした新連載のタイトルが『生きやすい』というのは、少々意外に感じるかもしれない。初回では、人間関係において何かが欠落しているのではないかと悩む菊池さんが、取材で出会った女性芸能人の言葉によって、少し“生きやすい”状態になるまでが描かれた。『酔うと化け物に~』と同じく今回もエッセイ漫画だが、とくにゴールは決めていないそう。

「実際は“生きづらい”んですよ(笑)。でも生きづらいことは悪いことではありません。なんとなく自分を認めたり許していく方向に、ゆるっと進んでいければと思っています。『生きづらいけど、まぁいいか!』みたいな感じですね。現状の自分でとりあえず満足してみたっていいんじゃないかなと考えながら描いている作品です」

菊池さんの生きづらさの根底には、家族のことがある。
『酔うと化け物に~』で提示した問題などは、「描くかも。でもまだ自分でもわかりません」とのこと。『生きやすい』を届けたいのは、親子関係を含め、さまざまな“生きづらさ”を抱えている人だ。

「初回の内容にも共感してくれる方がたくさんいました。その人たちは私と同じように親子関係に問題の原因があるわけではないかもしれないけれど、生きづらさを感じている人は結構いっぱいいるんだとわかりました。生きづらい仲間が増えると、ちょっと生きやすい。みんなで少し楽になれたらと思っています」

(原田イチボ)
編集部おすすめ