ヒグチアイ 後悔してもそれをきちっと受け止める凜とした自分。そうありたいと思ってる/インタビュー後編

――【ヒグチアイ】インタビュー前編より

『日々凛々』は今の私が描けたアルバム

──最近書いた曲のなかで、これまでにはなかった曲というと?

ヒグチ:「わたしはわたしのためのわたしでありたい」と「最初のグー」ですかね。どっちも前向きな感じの曲なんですけど、今までそういう曲はあまりなかったので。


──たまたまそういう曲ができたのですか。

ヒグチ:「わたしはわたしのためのわたしでありたい」はたまたまですね。「最初のグー」に関しては、ヒーローみたいな題材があったんです。だからヒーローを見ている女の子を想像して書いたんですけど、すごく楽しかったです。自分のことじゃないので、自分を切り売りしなくていいから。だけど結果的に私はこういうことを言われたいのかもしれない、みたいな歌詞になりました。最近、ビヨンセをめっちゃカッコいいなと思って聴いてるんですけど。それと似てるかもしれない。そういうふうには絶対なれないけど憧れる、だけど見てると元気になれる。それってなんか自分を信じる気持ちと、すごく近い気がするんですよね。

──『わたしはわたしのためのわたしでありたい』はまた違う前向きさですね。

ヒグチ:そうですね。
なりたいもの、そうありたいものが決まってるって、すごく強いと思うんです。この曲の主人公も最終的にはちょっと前向きになっているんですけど、ここからどうなるかはわからない。憧れの自分になっていくのか、それは諦めていろんな人に気をつかって生きていくようになるのか、いろんな道があると思うんです。ただ、今は「こうありたい」と思っている歌。だから途中経過な感じの歌なんですよね。なんだかんだ言っても、これからも生きていかなきゃいけないし、曲も書き続けなきゃいけない。だからこそ道の途中にいることを、ちゃんとわかっていたいんですよね。

ヒグチアイ 後悔してもそれをきちっと受け止める凜とした自分。そうありたいと思ってる/インタビュー後編

──この曲と「わたしのしあわせ」が近く感じるんです、主人公が一緒というか。

ヒグチ:この2曲がアルバムの軸になっています。ジャケットをお願いした池辺 葵さんにも、この2曲をお送りして漫画を描いてもらいました。

──「わたしのしあわせ」すごく好きなんです。

ヒグチ:嬉しい。
私もこれ、いい曲だと思います(笑)。自分の幸せをちゃんと自分でわかっていたいんですよね。幸い今の私は、ちゃんとこう思っている気がしていて。だからこの曲が自分のバロメーターで、こう思えてるかどうかみたいなところはありますね。

──そのジャケットなのですが、漫画家の池辺 葵さんが絵を描き下ろされたそうで。

ヒグチ:漫画がめちゃくちゃ好きなので、漫画に近いところにいたいっていう気持ちがずっとあって。なので描いてくださる方がいれば、今後もずっとそうしていきたいんですけど。

──池辺さんと面識は。

ヒグチ:ないです。もうただ好きな漫画家さんというだけで。ダメ元でお願いしてみたら引き受けてくださって。めっちゃ嬉しかったです。


──アルバムを聴いて思ったんですけど、いつの間にか日々のなかでやっていた自分の役割を自覚したときの歌、という印象が強くて。例えば「頑張れる人間だ」と思って頑張ってきたけど、「頑張れなかった」「そういう人じゃなかった」みたいなことを、主人公たちが自覚したときの歌というか。

ヒグチ:それはあるかもしれないです。自分でも知らず知らずに何かに縛られていることってあるんですよね。恋愛で言うなら、どっちに合わせるのか、最初は図りながらやっていくじゃないですか。付き合う前はわからなかったけど、意外と甘えてくるな、この人、とか。そうなると、甘えたくても自分は受け入れる立場にならなきゃいけないのかとか。そうやって図りながら真ん中をとっていく。でも真ん中とってるつもりだったのにシーソーは傾いていて、どんどんしんどくなって別れちゃうみたいな。別れちゃうってことは、そこに負荷がかかっているからだと思うんですよね。

──それも愛情から始まったところが、また辛いですよね。「玉ねぎ」とか、本当にそういう曲だと。


ヒグチ:そう、好きだからなんですよね。「玉ねぎ」はホントそう。いや、ホントそうなんですよ。

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──そういう主人公が多いと思いました。いい関係を築きたいから、前向きな気持ちで自分の役割を作ってしまう。自分のなかの一部だから嘘じゃないんだけど、それが自分のキャラクターの80%と思われてしまうと、ちょっと違うなって。でもそれを元に関係が築かれると、そうしないわけにはいかなくなるから。で、あるとき「あれっ? このキャラ、私……?」みたいな。

ヒグチ:わかります……。今そう言われて、それ、私だって思いました。まさにそういうタイプなので、そういう曲になるのは当たり前だなって。そりゃそうですよね(笑)。


──多かれ少なかれ誰でもやっていますよね。家族でも友達でも恋人でも、相手が喜んでくれるようにふるまったりして。それがいつのまにか定着して。

ヒグチ:やりますよねー。いろんな関係のなかで、そこでのキャラができていくというか。私も「君はこうだ」って言われていたことが、実はそうじゃなかったりして。見た目がきつい感じなので強い人間だと思われたり、頭がいいって思われてる時期もあったり。で、自分でも自分はそうなんじゃないかってずっと思っていて。人とハキハキ喋れるし、やろうと思えば望まれることはできるし。人に思われてる自分と自分のなかにある自分に矛盾があったんですけど、人が思う自分でいたかったから一所懸命強がらなきゃいけなかったんですよね。

──しかも無理なくできたから。

ヒグチ:慣れてたんでしょうね。
ずっと頑張ってやってきたことなので。許容範囲も広がってきたというか。でもあるとき「あれっ? 意外とそんなことない……」と思って。

──気づいてしまった。

ヒグチ:そう。それで頑張るのをやめたら「こんなに楽に生きられるんだ」って。それが24歳くらいなんですけど、思ったんですよね。こういうきつい顔に生まれなかったら、ずっと怖がりで臆病で引っ込み思案で、歌なんか歌ってなかったのかもしれないなって。

ヒグチアイ 後悔してもそれをきちっと受け止める凜とした自分。そうありたいと思ってる/インタビュー後編

──厭々やってるわけじゃないから、やっかいなんですよね。

ヒグチ:そうそう。それに気づいたときの、あの虚無感みたいな気持ちも辛い。でもそれって相手の機嫌をとりたいからじゃないんですよね。あくまで前向きに、よかれと思って、いい関係を作るためなんです。だから、なんでそういうことになったのか、そこまでをちゃんと愛情を持って肯定的に受け止めていきたいんです。決して自分がダメだったわけじゃないよって。……なんだろ、たとえ後悔があっても自分をちゃんと愛してあげたいんですね。なのでアルバムを聴いてそう感じてもらえたなら、すごく嬉しいです。

──だからこその「日々」を「凛と」という意味で『日々凛々』。

ヒグチ:そうです。後悔しても、立ち止まっても、それをきちっと受けとめる、そういう前向き、そういう凜とした自分。そうありたいと思っている、今の私が描けたアルバムだと思います。

――【ヒグチアイ】マイ旬へ
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