しかし、自分は大人の発達障害なのではないかと悩む人が多い中、その解決策を具体的に示した本は少ないのが現状。発達障害に限らず、仕事や人間関係に“上手くいかなさ”を抱えた人にとっては、示唆を与えてくれる1冊だろう。著者である借金玉さんに発達障害者の働き方について聞いた。

職場のカルチャーは“部族の掟”だ
――反響はどういったものでしょうか?
「発売1カ月半で6刷が決まり、発行部数としては3万3000部くらいですかね。もちろん売れることを目指して書きましたが、それでも反響の大きさには僕が一番びっくりしています」
――「こういう気持ちで乗り越えよう」という精神論でなく、すべての問題に対して具体的な解決策を提示してくれるのが特徴的な本です。「発達障害の人以外にも役立つ」ということをアピールしていますね。
「僕は、アンチ自己啓発書をやりたかったんです。自己啓発書ってすごく良いことを言っていますよね。でも問題は、それが僕にできないこと。自己啓発書は1を100にする方法を書いているけれど、僕は0.1を1にする自己啓発書を作りたかった。この本が“働く人”全体に受け入れてもらえてよかったです。発達障害の当事者に限らず、マスでそういう本の需要があったんでしょうね。みんな苦しんでいるんだと感じました」
――「年長者にはお酌をする」のような職場のカルチャーを“部族の掟”と表現しているのが印象的でした。
「僕は新卒で銀行に入ったんですが、本当に上手くいかなくて、彼らが正しくて僕が間違っているという思考に囚われて苦しかったです。ですが、自分が起業してみると、商談などでいろんな会社に入り込む機会が増えるじゃないですか。すると、会社ごとに全然文化が違うことに驚きました。人間的には異常と言える社長であっても、その会社では普通。その後、部族の掟という概念を身につけた状態でサラリーマンをやると、劇的に楽になりました」
――確かに部族の掟とは、非論理的で儀礼的なものにピッタリの表現です。「ここの部族はそういう掟なんだ」と受け入れることができたら、職場でも上手く立ち回れそうです。
「逆に言えば、発達障害者が空気を読むのが苦手な代わりに論理性とか正当性にすごくこだわるのも、またひとつのそういう部族でしかないんです。それに、定型発達の人によくある“わかっていないけど共感はしている”ってすごく便利な能力じゃないですか? 本来は理解し合えない者同士が、なんとなくわかりあえた気になれるんですから」
――言い方は悪いかもしれませんが、サルの群れが毛づくろいによって結束していくのに近いですね。
「そう。僕も100%割り切れない部分があるから、つい『茶番』とか『部族』とか言っちゃうんですけど、『毛づくろいで何かが上手くいくなら、毛づくろいくらいすればいいんじゃないか』という気持ちを持つのが大事なのかなと思います。ただ、『しょせん毛づくろいだろ』というシニカルな目線も大事なものですけどね」
指導では“説明の解像度”を上げる
――発達障害の傾向が見られる同僚に対して、仕事仲間はどのように接するのがいいでしょうか?
「“説明の解像度”を上げてあげてください。たとえば挨拶ができない新卒だったら、『挨拶したくない気持ちは自由だけど、取引先の偉い人が来たときは、歓迎の意を会社総出で表現したい。相手に気持ちよくなってくれたら、メリットが生まれるかもしれないから。
――「そういうものだから」という、あいまいな伝え方では理解しづらいんですね。ただ厳しく指導する以外のアプローチが必要だと。
「定型発達の人にとっては、発達障害者はわけがわからない相手かもしれませんが、発達障害者にとっては、定型発達者こそわけがわからない相手です。どっちもわけがわかっていないときは、どちらかがわけをわかってあげないと先に進みません。誰かを指導するのは年次が上の人の仕事なので、そこはご容赦いただけるよう、ひとつよろしくお願いします(笑)」
“誰も幸せにしない誠実さ”を発動する発達障害者たち
「僕たちはなんだか悪気を疑われがちなんです。誠実にしゃべろうとしているだけなのに、なんだか知らないうちに人間を殴ってしまっている。『発達障害の僕が~』で『とりあえず会話は同意で受けよう』と書いていたところがあったじゃないですか」
――はい。「同意の形で受けた後の発話は実質的に不同意であっても、人間はそんなことはほとんど気にしません」というところですね。「おっしゃる通りですね。ただ~」のように、反論するにしても最初に同意を示すことがコミュニケーションを円滑にすると。
「定型の人にとっては、“一度同意の形をもって受け止められた”という事実が重要ですが、実はあれ、ある種の発達障害者が一番怒るやつです(笑)。『おっしゃる通りですね』と言ったのに全然反対のことを言っているじゃないか、もっと誠実に会話しろと感じてしまう」
――発達障害と定型発達で、好ましく感じるコミュニケーションの形が違うのが難しいですね。
「僕のところにいろんな人が相談に来るんですが、適当にやることを覚えるのが大事だとは伝えています。発達障害者が“誰も幸せにしない誠実さ”みたいなものを発動してもらったときは、真面目にやろうとしているんだなと受け止めていただけると助かります。本当に、悪気はないんですよ(笑)」
――借金玉さんとして、今後の展開の構想があれば教えてください。
「『発達障害の僕が~』は、発達障害者に『こうやって階段を上ると楽かもよ』と助言する本でした。しかし、“上りやすい階段の作り方”自体を模索していく必要も感じています。だから、まだまだ先の話にはなりますが、発達障害者を雇用して事業をやって収益を上げる会社、事業の中で発達障害者雇用というもののやり方を模索していく実験的な会社を作るつもりです」
(原田イチボ@HEW)